公共図書館の冒険

公共図書館の冒険

KEI(2018年10月17日)

 現在の公共図書館は、基本的に相互に矛盾する役割を求められている。それは、例えば、公共図書館が人気書籍を複数冊購入し貸し出すというサービスや学生が自習のために公共図書館の閲覧席を独占するといった現象に対して種々の意見が衝突、交錯しているという実例からも伺われる。
 その結果として公共図書館の理想像あるいは期待されることや進むべき方向についても多種多様な考え方、見方があり、意見もそれぞれであると私は思っている。
 去る(2018年)4月にみすず書房から発刊されたばかりの「公共図書館の冒険」を読んだ。「未来につながるヒストリー」との副題を持つこの書物は、オルタナティブ図書館史研究会の成果をメンバーが共同執筆した論集である。
 公共図書館は歴史的にどのように進展してきたか、情報環境が過去とは異なる現在や未来において果たすべき役割はどのようなものと考えられているのか、興味を持って読み進んだ。
 まえがき、終章を含めて8つの論点を8人の専門家が論じているが、私にとっては、極めて示唆に富んだ刺激的な内容だった。と同時に自らの無知を恥じるところが多かった。
 論じられている8つの論点はそれぞれ興味深いものであったが、第3章の「本が書架に並ぶまで」は、私が今まで考えたことがない種々の実務的なことを教えてくれた。確かに「本はそのままでは棚に並ばない」。
 著者は、本が棚に並ぶまでには、①本の選択、②購入、③受入、登録、④本のデータ作成、⑤本に図書ラベルとバーコード・ラベル(あるいはICタグ)を貼り、透明のカバーでコーティング、⑥データをオンラインの目録に登載、⑦書架に並べる、という作業が必要だと述べ、図書館関係者は④の作業を図書整理や整理作業(略して整理)と言い、⑤は装備と言っていると教えてくれる。これらは「利用者の目には直接見えない作業」であり、図書館の外からはブラックボックスと映る。
 整理や装備は歴史的に紆余曲折があったようだが、現在では図書館流通センターを含む民間会社が請け負い、結果として図書館は、整理、装備を経た本を受け入れ、利用者へ提供することができるようになったと書いている。著者は、この結果、多くの図書館は「新しいサービスを開発するというよりも、従来通りに、予約サービスを含めて本の貸出に力を注いできた」、そのために「公共図書館に対して無料貸本屋ではないかとの非難が公になってきた」と言う。「無料貸本屋」と図書館を非難、揶揄する理由の一つがここにあるとは知らなかった。
 著者のいう図書館が開発すべき「新しいサービス」とは何かは不明であるが、著者が「この一連の業務の流れに乗りにくいという理由で、資料の収集や提供を忌避するというようなことが起きないよう願わずにはいられない」と指摘していることについては、全く同感である。
 第5章では「図書館で働く人々…イメージ・現実・未来」の表題のもと、フィクションの中で図書館員に与えられているイメージを述べ、その後に制度面からの歴史的変遷を追い、最後に図書館員を巡る問題と今後の図書館員のあり方について書かれている。
「これからの図書館員像」について、著者は「これからの図書館員は、紙媒体にせよ、インターネット情報にせよ、情報に対する感覚を研ぎ澄まし、最適な情報を最適なルートで得られるようになっていなければならない」と書く。その上で「以前、図書館は『本と人を結び付ける』とも言われたが、現在は『情報と人を結び付ける』場である。過去の図書館員が図書に精通していたのと同様に、さまざまな媒体の情報に精通する必要がある」とし、一つの例として「『各館をまわり、美術書についてその館の予算や利用者層から、蔵書構築のアドバイスをする』といった、特定分野に特化して複数の図書館を掛けもつ非正規職員がでてきても面白い」と多くの人が納得するであろう新しい図書館員像を提示する。
 著者は自らが提示するこれらの像に対し「しかしながら、こうした図書館員の賞味期限は短いかも知れない」と人工知能(AI)の進展を念頭において「必要な情報は全てAIが答えてくれる。そのとき、人としての図書館員は何をしているのだろうか」と締め括っている。このような時代になると情報の提供だけでなく人の判断が重要である選書でもAIは代替してくれるだろう。となると・・・・。
 著者の予想する将来のことは横に置いて、著者が紹介している図書館を舞台にした小説(いずれも未読である)「れんげ野原のまんなかで」(森谷明子)、「おさがしの本は」(門井慶喜)、「晴れた日は図書館へ行こう」(緑川聖司)を読んで、著者の言う「カウンターの内側の作品」に現れる図書館員と共に至福の時を過ごそう。