書架の片隅で

書架の片隅で

muca(2018年3月21日)

 3月の初旬のこと、図書館の2階で漠然と文庫本を選んでいました。
 私はある会のブログの運営を担当しているのですが、埋め草にする記事のヒントになるような本を探していたのです。
 会員からの寄稿が全くなかった2月を自分の得意な(特異な)オタク記事だけで繋いでいたのですが、日に日にブログの訪問者数が減っていくので焦っておりました。
 老人が一人カウンターにやってきて、職員に何事か相談を始めた気配がします。
 漏れ聞こえる老人の話から、彼は今年自治会の役員をしなければならないのですが、とてもそういう役目ができそうにないらしいことが分かりました。
 私が参加している自治会も一年毎に役が回ってくる仕組みで、この春で私は役員からしばらく解放されるのですが、誰しも気の重い役割なので、この老人のことが気になりました。
 相談しようとしていることの本質が、図書館司書の仕事にちゃんと結びつき、相手にしてもらえるのかどうかを心配したのです。
 全身を耳にして、途切れ途切れに聞こえてくる老人の話から、連れ合いをなくして数年経つこと、自分一人が生活していくのが精一杯なことがうかがえました。
 司書の女性は老人の話を補足して確かめたり、少し質問をして要点を掴んだようでした。
 どうやら、順番制で回ってくる役員が、こういう状況なら免除されるべきであるというようなことが理路整然と書かれた本が必要なのだと理解してあげた様子です。
 役員をするのは無理ですという主張の理論武装をさせるお手伝いは難しいだろなと思ったのですが、彼女はパソコンを使って本を探し始めたようです。
 私には、検索のキーワードが思いつきません。
 図書館の司書って、たいへんだなぁと思っていたら、少しして1冊を選び出したようで、書架から実物を持ってきました。
 そして老人がそれを眺めている間にもう1冊選び、それも持ってきて老人に目を通してもらいました。
 老人は、ほっとしたように礼を言い、「これまで本を借りたことがないのですが、これを借りることはできますか」と聞きました。
 私は、この老人が本当に困って、藁にもすがる思いで図書館に来たことを知りました。
 今更ながら、自治会という“自分たちの自由な意思により、住民福祉の増進と地域社会の発展を目的とし、地域の親睦と相互扶助により自主的に組織された任意の団体”がもたらす不幸な一面に思いをはせましたが、それはまた別の話です。
 1階で利用者カードを作ってもらえること。そうすれば同時にその2冊が借りられると教わって老人は下りて行きました。
 課題を正確に理解して資料を探し当てる能力がちゃんと発揮されたことを願いつつ、このたびの災禍から老人がちゃんと逃れられることを願いつつ、ブログの記事のヒントになりそうな文庫本を探すという、勝手に忙しい思いをした早春の一日でした。