懐かしい本

懐かしい本

さくらこ(2017年7月12日)

 先日、我が家の本棚を整理していた時のことだ。10年前にこちらへ引っ越してくる際に段ボール箱が何十個にもなるほどの本を捨ててきたのに、いつの間にか本が増えていて、また書棚の整理をせざるを得なくなった。古本屋へとの私の提案にもかかわらず、結局、家人の強い主張で毎月1回の廃品回収に出すことにした。つまり、専門書は売るに値せずとの考えと、今読まなければこの先もきっと読まないだろうという事に決着したからだ。
 さて、書架を整理しながら私はふと、あったはずの本を思い出していた。
「あの本知らない? ほら、私の故郷の事が詳しく書いてあって、確か、島木健作の作品紹介がしてあった本」
「ああ、2分冊の?」
と言いかわしながらも書棚を整理していた。この時はその本は見つからなかったのに、数日して
「この本かな?」
と、どこかの段ボール箱から出してきたのだろうか、家人が私の目の前に持ってきてくれた。
 随分と埃まみれになっていたものの、まだちゃんとビニールカバーもしてあって比較的きれいに保存されていたことに安堵した。本棚を整理していて無性にもう一度見たいと思った本に何十年ぶりかでお目にかかれたという思い、それは懐かしい友に会えた心境と似ているかもしれない。
 その本は『紀行小説の四季』の上・下巻だった。この本の中にある島木健作の『生活の探求』を読んでみたいという思いに私を駆り立てたのである。
 自分の故郷での小さい時から聞かされていた水争い。当時は沢山の溜め池があり、5月~6月頃になると、村の人々は夫々の区域の溜め池の淵に当番制で夜通し火を焚いて誰かが水を盗まないように見張り番をするのである。干ばつが続く年はこの争いがより深刻なものになった。昭和40年頃までこうしたことが続いていたが、今は吉野川から灌漑用水が引かれ水争いも解決されたと聞いている。当時の香川県の水不足による農民の苦悩が描かれている。そして、この『生活の探求』には私が育ってきた町並みが、まるで地図をみるように描かれていた。いつも見ていた山、地名、裁判所、琴平電鉄と町の人達が使う自転車や小さな駅の前の自転車預かり所。これらすべてが今も脳裏に鮮明に残っている。
 この本はこの作者の他の本も読むきっかけを作ってくれた大切な1冊である。