写真集に見る道

写真集に見る道

麻(2025年7月9日)

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 もう十数年前のことになるでしょうか、友人数人と幾つかの京の古道を歩いたことがあります。旧東海道(のほんの一部)、志賀山越え、薬王坂・静原・江文峠、一条寺道・雲母坂、奈良街道などなど。それぞれに歴史を感じることができるいい道でした。

 手元には「歴史の道百選・森田敏隆写真集」(講談社)、「道 遺したい日本の風景」(日本風景写真協会、光村推古書院)があります。前者はプロの風景写真家によるもので文化庁により選定された歴史の道百選(現在ではその後の追加も含めて114件になっています)から撮影対象が選ばれています。後者は日本風景写真協会のメンバー(多くはアマチュア・カメラマンのように思われます)それぞれが撮影した自らが「遺したい日本の風景」と考える「道」をテーマにした写真から90点が選ばれ、掲載されています。

 前者には私がかつて訪れたことのある中山道の妻籠、チョットだけ歩いた熊野参詣道、竹内街道、柳生街道なども出ていました。流石プロの視点と感心しながら眺めました。

 著者は

 県境を越える主要峠には……高速道路や国道バイパスなどの長大なトンネルが通り、その上を現国道のトンネルが抜け、さらにその上を曲がりくねった峠道と隧道で地方道や林道が抜け、そして最上部には歩いてしか越えられない街道が残されている。……最下部は数分で通りすぎるが、最上部はどんなに文明が発達し続けても人力でしか通れない別世界なのである。

と書き、その最上部の道を

 路傍ではお地蔵様が見守り、……四季の移ろいを目で感じ、季節ごとの風を肌に受けて……清流のせせらぎの音を聞きながら、上空の雲を友にして

歩いているそうです。そのような折に撮られた写真も数多く掲載されています。
「歴史の道百選」というタイトルに相応しい写真集でした。

 後者は「道 遺したい日本の風景」というタイトルより「わたしの道」あるいは「道いろいろ」とでも改めた方が良いのではないかと思いつつ頁をめくりました。しまなみ海道にかかる多々羅大橋を橋脚の上部から撮った写真、瀬戸大橋を与島大橋の展望台から撮った写真、山上からの夜の長崎空港の滑走路、飛行機雲、牡蠣筏へ向かう牡蠣舟の航跡、などは写真的には優れているのでしょうが、果たしてここで言う道なのか、「遺したい日本の風景」なのか少し疑問を抱きました。
 私と同じ思いなのでしょうか、日本風景写真協会理事による編集後記には「全体に見て、風景の中の道として捉えた作品が多く、木立の中の道とか山の稜線など、道そのものを捉えた作品が応募作品の大半を占め『遺したい日本の風景』というテーマにしてはやや物足りなかった、というのが率直な感想です」とありました。「高速道路や近代的な道の作品に対しては、選択に迷ったのも事実です」とも書いています。
 私は副題に「遺したい日本の風景」とある「道」というテーマについては、やはり歴史的な意味を持つ道、日本の原風景を示すような或いは感じさせるような道であって欲しいと思いました。そして私が「テーマから外れているんじゃないの」と思いつつ眺めていた杉木立から漏れる光の下の白山平泉寺参道、正面から撮った祖谷のかずら橋とそれを渡る家族連れ、背割堤の満開の桜の写真などは私も同じような写真を撮っており、「私の腕も満更ではないな」と自己判定、自己満足をしたことです。いずれにしてもこの本は「遺したい日本の風景としての道」を撮ったものではなく、「いろんな意味での道が入っている日本の美しい風景」が撮られた写真集として楽しみました。