俳句入門書

俳句入門書

啓(2024年5月1日)

 私は俳句や短歌を作ることはできないが、読むことは好きである。と言っても例外はあるものの特定の俳人や歌人の句集、歌集を丁寧に読むのではなく、日常生活で目にする新聞、雑誌その他に掲載されているその道の専門家の作品や専門家により選ばれた一般人の作品が対象である。選者の解説を読んで感心することもあり、私の解釈とはちょっと違うなあ、と思ったりずぶの素人として楽しんでいる。
 図書館で書棚を順に眺めていた時に「岸本葉子の『俳句の学び方』」( NHK 出版)が目についた。岸本葉子さんは「 NHK 俳句」という番組の司会を務めている人物だそうだ。
 カバーの折り返し部分には、 NHK 俳句選者の「学ぶ立場からの入門書があっただろうか?」「迷える初心者を導く本物の入門書」との推薦の言葉が書かれていた。
 今までに出版された俳句入門書がどのようなものかは全く知らないが、この本は自らは作らず他人の俳句を読むだけの門外漢の目から見ても面白かった。
 その第1章は「入選に近づく 10 の格言」であり、「私が語らず、モノに語らせる」「言外に匂わせない」「見てきたような嘘をつく」「つぶやいて音を確かめる」などの自らが作った格言それぞれについて、自らが最初に詠んだ句をどのように考えて推敲したのか、その推敲過程を丁寧に説明している。
 私がなるほどと思ったのは格言その6「よくある詠み口に陥らない」の中の次の説明である。

 多くの俳人から挙がるベストセラーにしてロングセラーというべき「あるある」が、「どこどこに一つの何々」です。島にひとつの信号機、村にひとつの荒物屋、といったもの。(以下略)
「軋む」「傾く」「欠けた」は3Kと呼び、私が警戒するものです。……きれいでないもの、不完全なものを詠むのが俳句らしいと思うからでしょうか。わびさびの感じもでますしね。(以下略)
「すくすく」育つ、「でっぷり」太る、「どっかと」腰を下ろしたる。用法は正しく、散文ならば伝達力が高そう。でも俳句でこういう表現が出てくるとそれだけで、一句が見慣れた印象になってしまうと聞きました。(以下略)
 母は小さくなり、どこへも行かない。父の背中は広く、子ははしゃぐ。「あるある」ですね~。母とはこういうもの、という社会通念に、発想をつい合わせてしまうのです。(以下略)

 これを読んだときに不躾にもかつて落語で聞いた「根岸の里の侘住居(わびずまい)」というフレーズを思い出した。初代柳家小せん宅の運座の席で八代目入船亭扇橋が「梅が香や根岸の里の侘住居」と詠んだ句が最初だそうだが、これは上五にどのような言葉を入れても一応の句になる、と諧謔を交えて語っていた。確かに素人の私が「初雪や」「落ち葉して」「小春日の」を入れてもそれなりの句になる。
 閑話休題
 この本に書かれている内容は、著者が“はじめに”で書いているが、番組収録の前後に聞いた選者のコメントを「控え室でもどこでも常にノートとペンを構え、選者の一言半句も聞き漏らすまいと耳を傾けた」結果である。
 最後に、選者の一人との対談形式での「助詞力アップ 添削十番稽古」がある。それぞれ納得させられる添削であったが、第十番の「の、に、は」の項では、「助詞だけで考えず十七音全体、さらには発想に立ち返って考えることも学」んだ。と結んでいる。

(原句) 乗り込んでバックミラーの花明かり
(添削①)乗り込んでバックミラーに花明かり
(添削②)乗り込みしバックミラーの花明かり
(添削③)乗り込んでバックミラーは花明かり
(選者)
 ①は「乗る」「ミラー」「花明かり」という気づきの順番に沿った書き方。乗り込んでミラーを見たら桜の花が映っていた。②は、①の結果だけを事後的に示す書き方。③は「ミラー」というモノを強調した書き方です。どれが正解ということでなく、いろいろ試して助詞の効果を体験していただければと思います。表現をいじっている内に元の句とコンセプトが変わってくることもあります。
(著者)
 私の推敲は、「この助詞はよくないと聞いたことがあるから、リスクを避けたい」という、消極的なものが多いと解りました。でも一概に避けた方がいい助詞などなく、内容との関係なんですね。それぞれの助詞のはたらきを正しく知って、積極的に選び取れるようになりたいです。(以下略)