日章丸
日章丸と聞いて「今から70年以上前の1953年(昭和28年)に起きたイラン産石油の輸入とそれに関連、付随した訴訟を伴う国際的な衝突事件」を思い出すと共にその事件を素材として書かれた石原慎太郎の「挑戦」(河出書房、石川慎太郎文庫3)や百田尚樹の「海賊と呼ばれた男」(講談社、講談社文庫上・下)を思い浮かべる人は少ないかも知れません。
近年の中東を巡る争いやそれに強い関連のある我が国の石油輸入問題の報道や解説番組を見聞きしながらこれら2冊の書物で描かれた二人の男の「生き方」を思い出していました。
前者の主人公は、第二次世界大戦中スラバヤ沖で被爆し奇跡的に近くに流れ着いたゴムボートで助かった人物です。そのとき助けた瀕死の友人の死への強い願いと自殺行動に、衝動にかられ「助ける。殺してやる!」と言いナイフを刺した男です。後者の主人公は出光興産の創業者である出光佐三です。
それぞれの主人公の「生き方」が極めて具体的に描かれています。
それはタンカーに木造の小舟をぶつけられることでした。スマトラ島とボルネオ島のガスパル海峡を抜けたとき、船長は甲板員たちに「ジャンク船に気を付けろ」と命じました。「‥‥‥もちろんそんな小舟をぶつけられて、びくともする日章丸ではない。大破するのは木造船のほうだが、そうなれば当然、彼らは海に投げ出される。海事法では、彼らを救助する義務があるし、もし怪我人が出た場合、速やかに最寄りの港に寄港して、彼らを降ろさねばならない。そんなことをすれば、日章丸はただちにイギリスに拿捕される危険がある。‥‥‥」と慎重な船長の発言が書かれています。
近年の中東を巡る争いやそれに強い関連のある我が国の石油輸入問題の報道や解説番組を見聞きしながらこれら2冊の書物で描かれた二人の男の「生き方」を思い出していました。
ちょっと横道に入ります。ここで最近多くの人が使っている「生き様」ではなく、「生き方」という言葉を使ったことについては、私にはある思いがあります。つい最近のある新聞の短歌投稿欄で第一席に選ばれていた歌に「生き方が生き様となる今の世に衆寡敵せずひとり抗う」がありました。これを選んだ選者の評は「『生き様(ざま、とルビがふってあります)』の語が『生き方』の意味で使われる今の風潮を良しとしない作者。『生き様』は『死に様』の語から生まれた無様(ぶざま)な生き方の意味だと弁(わきま)えているから」でした。私も作者、選者と同じように「ひとり抗って」います。
話を元に戻します。「挑戦」と「海賊と呼ばれた男」の2編はいずれも国際石油カルテルやイギリスに対抗し、経済封鎖されていたイランにタンカーを派遣し、日本にイランの原油を持ち帰った男の姿を描いています。
前者の主人公は、第二次世界大戦中スラバヤ沖で被爆し奇跡的に近くに流れ着いたゴムボートで助かった人物です。そのとき助けた瀕死の友人の死への強い願いと自殺行動に、衝動にかられ「助ける。殺してやる!」と言いナイフを刺した男です。後者の主人公は出光興産の創業者である出光佐三です。
「挑戦」の主人公の行動は(要約するのは難しいのですが)「戦争によって生の流れを中断されてしまった自分の存在に、それでも意味を見つけようと模索する。やがて国際資本の厳しい経済封鎖であえぐ“石油問題”の打開に己れの活路をも見出し、狂気の沙汰とも言うべきイラン原油買付けに命を賭けて挑む」ことであり、「海賊と呼ばれた男」の主人公である出光佐三は「国内外の敵に包囲され窮地に陥ったときに、大英帝国に経済封鎖されたイランにタンカーを派遣するという乾坤一擲の勝負を賭けた」とでも要約できるのでしょうか。
それぞれの主人公の「生き方」が極めて具体的に描かれています。
このタンカーの派遣、イラン原油買付けに関し私が特に興味をもったのは国際法を始めとして関係する法律、さらには各種の契約問題をどのようにクリアし、また起こり得る不測の事態をどのように避け、イランの原油を買い付け無事に日本に持って帰ることができるかでした。その中には日本の港で原油を陸揚げした場合に予想される仮処分対策もありました。それぞれについて考え得る限りの知恵を出し、対応策を案出することに感銘を受けつつ読み進んだことを覚えています。更に後者には私が思いもつかなかったことも書かれていました。
それはタンカーに木造の小舟をぶつけられることでした。スマトラ島とボルネオ島のガスパル海峡を抜けたとき、船長は甲板員たちに「ジャンク船に気を付けろ」と命じました。「‥‥‥もちろんそんな小舟をぶつけられて、びくともする日章丸ではない。大破するのは木造船のほうだが、そうなれば当然、彼らは海に投げ出される。海事法では、彼らを救助する義務があるし、もし怪我人が出た場合、速やかに最寄りの港に寄港して、彼らを降ろさねばならない。そんなことをすれば、日章丸はただちにイギリスに拿捕される危険がある。‥‥‥」と慎重な船長の発言が書かれています。
この文章を書くに当たり、この2冊を改めて卒読したのですが、過去に感動したことを覚えている文章に到達したときには、その頃と同じようにちょっと目頭が熱くなりました。