本との出会いと大活字本

本との出会いと大活字本

麻(2026年2月4日)

 私自身を振り返っても本との出会いはいろいろありました。これから書くことも一つの出会いでしょう。
 妻はときどき近くの老婦人宅(今は廃業されていますが戦前から続くお米屋さんでした)を訪れていろいろと話をしたり、聞いたりしています。町内会の連絡文書を持って行くこともあります。偶には庭に植えられている花の手入れをすることもあるようです。あるとき、老婦人宅から帰宅した妻が、高村薫の名前と「昔、『そんなに暇ならこれでも読んだら』と息子が渡してくれた本がある。その題名は思い出せないが、なんとかかんとか『とべ』」という小説だった。その中に『主人公がアサヒビールの工場の横の坂を上って‥‥‥』(注)という文章があった。高村さんはこの近くに住んでおられるのだろうと思った」というような話をされたことを、食卓の話題にしました。

 私も妻も高村薫の本を読んだことはありませんが、名前は知っており、さらに私には(現在はどうかは知りませんが)私たちが住んでいる市の住人である、という記事をどこかで読んだような漠然とした記憶があります。
 正しい書名の調査は、高村薫という名前と「とべ」さえあれば、充分です。直ぐに図書館の蔵書を検索し「黄金を抱いて翔べ」を見つけました。高村薫のデビュー作で第3回日本推理サスペンス大賞受賞作のようです。検索画面には3つの異なった版が現れました。一番新しい版を予約し入手したのですが、現物を手に取ると文庫本で活字が小さく、読むのに難渋しそうです。そこで上下に分かれた単行本を再度予約し入手しました。ここまでが「本との出会い」です。

 次は大活字本についてです。
 2回目の予約のときに、いま手元にあるのは平均的な厚さの文庫本なのに単行本では上下2冊になるのは “ちょっと変だなあ” とは思ったのですが、文庫本より活字が大きくなるのはいいことだ、とそのまま予約手続きを続けました。
 本を入手し、頁を開けて使われている活字を目にした時には少し驚きました。一頁に11行×31文字の大きな活字が並んでいました。大活字本でした。弱視者や老人を対象にしたこのような本の存在は図書館本館に一つのコーナーが設けられていることから知っていました。

 この本の発行元は社会福祉法人埼玉福祉会です。同会のホームページを検索しますと「大活字本とは、視力の弱い方や、高齢で文字が読みづらくなった方にも読みやすいように、文字の大きさや行間等を調整し、大きな活字で組みなおした本です。‥‥‥一般的な文庫本の文字の大きさは9~10ポイント程度ですが、大活字本では、12~22ポイントの文字を使用しています。書体も・・・・・・明朝体・ゴシック体を採用しています」とありました。
 そしてこの大活字本の奥付には「本書は、株式会社新潮社のご厚意により、新潮文庫『黄金を抱いて翔べ』を底本としました。‥‥‥」「限定部数(500部)』と書かれていました。「株式会社新潮社のご厚意」「限定部数(500部)」という言葉から新潮社の協力についていろいろ想像できそうです。

 今までは、大活字本は全く意識しなかったのですが、現実に手にしてみますと、ペラペラと適当に頁を繰っただけでも活字がはっきりと目に飛び込んできて、楽に読めそうです。
 妻はさっそく読み始めました。横から眺めていますと、ちょっと違和感を抱きつつも楽に読めているように見えます。
 一方、現在の私は私にとっては苦手な19世紀初頭から中頃までのヨーロッパの政治事情を背景にした小さな活字の本を読んでいます。この本を読み終えたら、その時には妻が読み終えているであろうこの大活字本を読むことを考えています。活字の大きさによって読書感がどのように異なるのか、それとも同じように感じるのかちょっと興味があります。

(注)原文では「タクシーを止めるのは、いつもJR吹田駅北口から外環状へ出たところで、アサヒビールの工場前と決めていた。そこから片山町へ上る長い坂道を五分ばかり歩き、高台の原っぱを抜けて、さらに市民病院の裏手のアパートまで再び坂を下りていくのだった」と書かれていました。
 ここに描かれている市民病院も二度の移転があり、また、主人公が歩いた道のすぐ近くには大学が新設され、よく整備された新しい公園もでき、現時点では周りの風景は描かれた情景とは異なっていますが、私たちは主人公が歩いた道を簡単に頭の中で辿ることができました。