「潮風の下で」

「潮風の下で」

muca(2026年3月11日)

潮風の下で

「センス・オブ・ワンダー」を読んだとき、レイチェル・カーソンが書いたものをもっと読みたいと思った。
 これほどの文才がある生物学者がいたことに驚く。淡々と弱肉強食の世界を描いているようでいて、動物たちがひたむきに生きていく姿を優しく見つめている。

 書かれている鳥や魚の多さに圧倒されながら読む。それぞれの存在感がすごい。それをとても覚えられないほど次々と登場させるので、これを読むのはたいへんだと思うのだが、単に種としての名前で語るのではなく、その中のひとつの個体を別の名で呼び(訳者・上遠かみとお恵子氏はこれを主演俳優という)、成長していく過程や、危険な目に遭いながらそれを逃れるようすが描かれている。
 別の名前というのは、その生き物の特徴から付けたものや、その生物が多い地域での呼び名であったり、分類学上の名前が使われているものが多い。
 最初は、一冊の本を読む間でさえろくに名前を覚えていられない私になんという余計な苦労をさせるのだろうと思ったのだが、名前そのものに意味があることで、一過性の知識にはならなかった。

 上遠氏が「はじめに」で、次のように別名の由来を説明しておいてくれているので、できるだけ詳しく知ろうという気にもなり、なるほどと思わせられた。

 クロハサミアジサシのリンコプス──リンコプスは分類学上の名前
 ミユビシギのブラックフット──この鳥の成鳥は黒く光沢のある脚が特徴
 ミユビシギのシルバーバー──この鳥は翼をひろげると上面にはっきりと白い線が見られるのが特徴
 シロフクロウのオークピック──オークピックはイヌイットの言葉でシロフクロウの呼び名
 ワタリガラスのツルガック──同じくイヌイットの言葉でワタリガラスの呼び名
 ハクトウワシのホワイトチップ──この鳥の頭が白い
 以下、ミサゴのパンディオン、マボラのムーギル、サバのスコムバー、ウナギのアンギラ、マスのサイノシオン、
アンコウのロフィウスは、すべて分類学上の学名

 鳥や魚について、その中のひとつの個体を上にあげられた名で呼んでいるので、私は海流の中を彼らと一緒に旅をしたり、はらはらすることになる。
 種全体としての運命に抗うことは難しく、それを生物学者として正確に伝えながら、種のなかのひとつの生命に愛称をつけて語っているところに、最初は英文学を専攻し、後に生物学に転向したというレイチェルの才能の豊かさと愛情を思う。

 プランクトンを食べる小さな生き物が少し大きい魚の餌になる。それが大きな魚や鳥に狙われ、それらをより大きな魚や鳥が餌食にする。読んでいて、このきりのない食物連鎖に、自然は何故こんな過酷なしくみでなければならないのだろうと思う。けれど、自然のありのままの姿をやさしい目で語るレイチェルに救われる私がいる。