本との出会い
最近は、書評を読んで気になる本、本屋さんで読みたいなあと思った本などを、“何でもノート”にメモって、数冊たまると、図書館のネット検索、予約、連絡があると図書館に取りに行く。という方法をしばしばとっている。時間のない時は、とても助かっている。
がしかし、本との出会いのおもしろさは、図書館の書架をうろうろしていて、なにかに導かれるように出会う本との遭遇にある。
こんなことがあった。
返却を終えて、何ともなく詩歌の棚の前に立った。立て続けに学生時代の友を亡くして心が弱っていた時だった。そこで、何の変哲もない深緑と山吹色の背表紙に手を伸ばす。
『長田弘 詩ふたつ』
「花をもって、会いにゆく」と「人生は森の中の一日」というふたつの詩とグスタフ・クリムトの絵でできた詩集だった。
立ったまま、引き込まれるようにページをめくっていた。ことばと絵のうつくしさにか、その時の私の気持ちに寄り添ってくれるものであったからか、この本を離せないでいた。クリムトのきらびやかな絵は知っていたが、ここのクリムトの絵は、花々と森と湖。背表紙の色が、私を誘い込んだのはこういうことだったのか、と思ってしまった。
あとがきで、「心に近しく親しい人の死が後にのこるものの胸のうちに遺すのは、いつの時でも生の球根です。喪によって、人が発見するのは絆だからです」と。先立たれた奥様への献詩であった。
2週間の貸出期間の後、本屋さんで自分のために買う。後、伴侶を亡くした友へ、子を亡くした知人へ、そして心を分かち合える友への誕生日プレゼントにと、買い求めたのだった。
図書館でいい本に出会うと、人は本屋さんに向かう。そういう棚を構成できる図書館であってほしいと思う。こういう本と出会わせてくれた大津の図書館に感謝。
がしかし、本との出会いのおもしろさは、図書館の書架をうろうろしていて、なにかに導かれるように出会う本との遭遇にある。
こんなことがあった。
返却を終えて、何ともなく詩歌の棚の前に立った。立て続けに学生時代の友を亡くして心が弱っていた時だった。そこで、何の変哲もない深緑と山吹色の背表紙に手を伸ばす。
『長田弘 詩ふたつ』
「花をもって、会いにゆく」と「人生は森の中の一日」というふたつの詩とグスタフ・クリムトの絵でできた詩集だった。
立ったまま、引き込まれるようにページをめくっていた。ことばと絵のうつくしさにか、その時の私の気持ちに寄り添ってくれるものであったからか、この本を離せないでいた。クリムトのきらびやかな絵は知っていたが、ここのクリムトの絵は、花々と森と湖。背表紙の色が、私を誘い込んだのはこういうことだったのか、と思ってしまった。
あとがきで、「心に近しく親しい人の死が後にのこるものの胸のうちに遺すのは、いつの時でも生の球根です。喪によって、人が発見するのは絆だからです」と。先立たれた奥様への献詩であった。
2週間の貸出期間の後、本屋さんで自分のために買う。後、伴侶を亡くした友へ、子を亡くした知人へ、そして心を分かち合える友への誕生日プレゼントにと、買い求めたのだった。
図書館でいい本に出会うと、人は本屋さんに向かう。そういう棚を構成できる図書館であってほしいと思う。こういう本と出会わせてくれた大津の図書館に感謝。