お元気ですかまたどこかで会いたいものです

お元気ですかまたどこかで会いたいものです

べーちゃん(2015年10月21日)

 私が勤務した地の各学校には、市から「子どもたちの心を豊かにする取り組み」のために○十万円もの予算が配分されていた。それぞれの学校の特色ある実践のために自由に使っていいというものだった。
 私は某小学校でその企画担当にあたり、「プロの童話作家・挿絵画家さん」たちの招聘を行った。学校図書館が充実していて、子ども達の貸し出し数は大変多い学校にあって、その物語を書いた方に出会わせたいという企画だった。
 工藤直子さん、新沢としひこさん、宮川ひろさん、岩崎京子さん、湊周作さん、丘修三さん、梅田俊作さん・悦子さん、角野栄子さん、今は亡き今西祐行さん…。まだ、書き切れない。よくぞ、小さな学校にこれだけの方達がきてくださったものだと感激する。
 それぞれの方達から得たものは大きくて招聘にあたっての思い出話はつきない。中でも、「よい子に読み聞かせ隊 下田景樹さん」は強烈な印象だった。(風貌だけでなく)
 出張の帰り、30分ほど時間があったので東京のブックフェアへ立ち寄った。めざすは、児童図書コーナー。そこに大きな看板があり「よい子に読み聞かせ隊 志茂田景樹読み聞かせ」とあった。本人が、何人かの子どもたちを前にして自作の読み聞かせ真っ只中。そして、その横に「よい子に読み聞かせ隊 全国どこにでも行きます」と書いてあった。目に入った二分後には、私は奥さんの下田光子さんに交渉していた。もし機会があったらねとその時は曖昧な打ち合わせで終わったが、彼の読み聞かせの実施に至るまでの熱い思いに触れ大いに共感した。そして、学校にもどるや企画書を作り、職員会へ提案した。
「あの姿のあの人を呼ぶんですか?」反対意見も飛び交う中を私は、志茂田景樹さんの読み聞かせに対する情熱を訴え続けた。ほどなくして「近くで講演会するから、ついでに寄るわね」と奥さんの言葉。何度も予算実情を話し、了解の下で来校の運びとなった。
 校長室での挨拶交渉は奥さんに任せ、ほとんど口を開かなかった彼は、体育館の子どもたちの前に出た途端、豹変した。満面の笑顔で両手を振りながらの登場。そして、PTA副会長のピアノの演奏をバックにして、身体中を使って自作を朗読された。それは、朗読というより「一人語りの芝居」のようだった。
 子どもたちの食い入るような目。時々、表情を変えて小さくつぶやく声。笑い声。一緒に手を動かす子たち。会場は、志茂田ライブ劇場と化した。
 社会学級をやってもなかなか保護者が集まらないのに、この時は、子どもたちの後ろの保護者席は超満員。興味深さもあってのことだったろう。
「大型バスを購入して、そこに絵を描いて、全国に読み聞かせ隊で回りたい」その日の言葉だった。
 時々、報道で「よい子に読み聞かせ隊 志茂田景樹さんの取り組み」を耳にする。
 お元気でうれしいです。また、どこかで会いたいものです。