春の楽しみ

春の楽しみ

KEI(2022年9月28日)

鰆しゃこ穴子はまぐり鯛めばる 備前の徳利踊る春来る
 気分のいい歌である。何十年か前に新聞の歌壇で見た。第一席に推されていたが、選者の名もその評も全く覚えていない。そのとき、踊る備前の徳利で春宵を楽しむのもいいが、私なら薄手の白磁の徳利だなあ、と思った記憶がある。そのとき徳利は踊らず静かに端座し、辛口の酒をそっと温めているだろうとも。

 このように思った時は、私は未だ若く、春秋に富む身だった。徳利や猪口だけでなく、ワイングラス、ブランデーグラス、ビアグラス、ウイスキーグラスなどにも一切頓着は無かった。徳利は戦前から我が家にあったのだろう厚手の安っぽい感じのものであり、グラス類もお祝いに戴いた良いものも使っていたが、同時にビール会社やウイスキー会社の広告が付けられたものも平気で使っていた。
 現実は、このようであったとしても、心のどこかでは常に白磁の徳利を前にした歳を重ねた自分の姿を眺めていたと思っている。

 自分の目を信じ、数多くの素晴らしい陶磁器を蒐集していた中年の男性が、歳を取りこれら全てを処分した時に、最後に残したのは李朝時代の白磁の徳利であった。
 記憶は定かではなく、誰のどの小説に書かれていたのかは全く覚えておらず、たぶん立原正秋の「春の鐘」(新潮文庫)だろうと思う程度であり、内容も全て忘れているが、この挿話だけは強く私の心に残っている。
 私が現在でも白磁の徳利に強い関心を抱いているのは、この挿話を覚えており、それと同時に、その人物が白磁の徳利を友として静かにゆっくりと杯を傾けているだろう姿を想像しているからに違いない。
 そろそろ薄手の白磁の徳利とそれに相応しい猪口を手に入れ、「鰆しゃこ 穴子はまぐり 鯛めばる」の春を楽しむことを始めたい、と思いつつ何年も経過した。
 最近ではめっきりと酒量も減り、辛口の酒よりも軽いテーブルワインやビールを好むようになった私にはこの歌のような春の楽しみは少し遠のいたようだ。