再読「世界 名画の旅」
手元には図書館から借り出した「世界 名画の旅」(朝日新聞社)5冊がある。合計で124の名画が収められ、その名画に関する、あるいはその名画に因(ちな)む様々な物語が紀行文と写真で紹介されている。1984年秋から1987年春まで2年半に亘って朝日新聞日曜版に連載されたものを書籍化したものである。
私が好きな絵を中心に眺めたが、特にベラスケスの「宮廷の侍女たち(ラス・メニーナス)」(プラド美術館)とダビッドの「ナポレオンの聖別式」(ルーブル美術館)は丁寧に文章を読んだ。その他ではクラムスコイの「忘れえぬ女(ひと)」、ブリューゲルの「子供の遊び」、ラファエロの「小椅子の聖母」等である。
「宮廷の侍女たち」は、今までにもいろんなテレビ番組でも紹介されているが、王女マルガリータを中心に宮廷の侍女たちが描かれ、王女と並んで絵筆を持つベラスケス自身の姿やベラスケスの前にいるはずの国王夫妻まで描き込んでいる。その重層的な人物配置が賞賛されている絵である。
この絵を旅した記者は「この絵を見て、私はマルガリータに魅せられた」と書き、マドリードからウィーンの美術史美術館にあるベラスケスが描いた3点のマルガリータの肖像を見に行っている。この3点の絵は「見合い写真」としてウィーンの神聖ローマ帝国皇帝レオポルド一世に送られたものである。
そこで記者は「お互いに顔を見ることもないままに・・・(マルガリータは)15歳で結婚した」と書き、彼女の結婚生活を幾つかの挿話で物語る。その中では、現在でもウィーンの名物になっている白馬のバレエにも触れている。
最後に記者は22歳の誕生日を迎えることなく死んだマルガリータの墓所を訪れ、棺の上に小さな生花が供えられていることを報告して文章を終えている。
記者は、ベラスケスの最高傑作といわれている「宮廷の侍女たち(ラス・メニーナス)」についてはほとんど触れず、そこに描かれた幼いマルガリータに焦点を当てて名画の旅を終えた。
蛇足を加えると、ピカソはオマージュの意味だろう(と私は想像しているが)ピカソ流のラス・メニーナスをバルセロナのピカソ美術館に残している。
小見出しに「ルーブルの誇る『顔』」とされたダビッドの「ナポレオンの聖別式」(私は「ナポレオンの戴冠式」と記憶している)とあるこの絵は630㎝×931㎝の大作である。この絵の回では、ルーブル周辺のスリ集団の少女の話やルーブルでは「100の職種があり、700人の職員が18の勤務体系で働いている・・・小さな美術館なら館長にあたる責任者が50人いる」との館長の話を書き残している。その他には驚くべき舞台裏の話や典雅なたたずまいを残した美術館の建物とそこに設置された最先端の情報システムなど興味深い話が書かれていた。
しかし、ダビッド自身が描いたこの絵とほとんど同じ作品がヴェルサイユ宮殿にあることには触れていない。
その他、クラムスコイの「忘れえぬ女(ひと)」はその美しい顔立ちの女性の複製画が老顧問弁護士の執務室に飾られていたこと、ブリューゲルの「子供の遊び」は展示されているその絵の前にキャンバスを立て白衣を着た女性が模写に余念がなかったこと、ラファエロの「小椅子の聖母」は数ある聖母の絵の中で一番の美人だと思ったこと、等を取り留めもなく思い出した。 それぞれの記者の、ある一つの絵画に触発されての旅を改めて読んで、私自身に関して約40年という年月の持つ重みというか経験や知識の蓄積を感じると共に、絵画を見る目、感じる心には変わらない何かがあることも知った。
私が好きな絵を中心に眺めたが、特にベラスケスの「宮廷の侍女たち(ラス・メニーナス)」(プラド美術館)とダビッドの「ナポレオンの聖別式」(ルーブル美術館)は丁寧に文章を読んだ。その他ではクラムスコイの「忘れえぬ女(ひと)」、ブリューゲルの「子供の遊び」、ラファエロの「小椅子の聖母」等である。
「宮廷の侍女たち」は、今までにもいろんなテレビ番組でも紹介されているが、王女マルガリータを中心に宮廷の侍女たちが描かれ、王女と並んで絵筆を持つベラスケス自身の姿やベラスケスの前にいるはずの国王夫妻まで描き込んでいる。その重層的な人物配置が賞賛されている絵である。
この絵を旅した記者は「この絵を見て、私はマルガリータに魅せられた」と書き、マドリードからウィーンの美術史美術館にあるベラスケスが描いた3点のマルガリータの肖像を見に行っている。この3点の絵は「見合い写真」としてウィーンの神聖ローマ帝国皇帝レオポルド一世に送られたものである。
そこで記者は「お互いに顔を見ることもないままに・・・(マルガリータは)15歳で結婚した」と書き、彼女の結婚生活を幾つかの挿話で物語る。その中では、現在でもウィーンの名物になっている白馬のバレエにも触れている。
最後に記者は22歳の誕生日を迎えることなく死んだマルガリータの墓所を訪れ、棺の上に小さな生花が供えられていることを報告して文章を終えている。
記者は、ベラスケスの最高傑作といわれている「宮廷の侍女たち(ラス・メニーナス)」についてはほとんど触れず、そこに描かれた幼いマルガリータに焦点を当てて名画の旅を終えた。
蛇足を加えると、ピカソはオマージュの意味だろう(と私は想像しているが)ピカソ流のラス・メニーナスをバルセロナのピカソ美術館に残している。
小見出しに「ルーブルの誇る『顔』」とされたダビッドの「ナポレオンの聖別式」(私は「ナポレオンの戴冠式」と記憶している)とあるこの絵は630㎝×931㎝の大作である。この絵の回では、ルーブル周辺のスリ集団の少女の話やルーブルでは「100の職種があり、700人の職員が18の勤務体系で働いている・・・小さな美術館なら館長にあたる責任者が50人いる」との館長の話を書き残している。その他には驚くべき舞台裏の話や典雅なたたずまいを残した美術館の建物とそこに設置された最先端の情報システムなど興味深い話が書かれていた。
しかし、ダビッド自身が描いたこの絵とほとんど同じ作品がヴェルサイユ宮殿にあることには触れていない。
その他、クラムスコイの「忘れえぬ女(ひと)」はその美しい顔立ちの女性の複製画が老顧問弁護士の執務室に飾られていたこと、ブリューゲルの「子供の遊び」は展示されているその絵の前にキャンバスを立て白衣を着た女性が模写に余念がなかったこと、ラファエロの「小椅子の聖母」は数ある聖母の絵の中で一番の美人だと思ったこと、等を取り留めもなく思い出した。 それぞれの記者の、ある一つの絵画に触発されての旅を改めて読んで、私自身に関して約40年という年月の持つ重みというか経験や知識の蓄積を感じると共に、絵画を見る目、感じる心には変わらない何かがあることも知った。