絵画の修復

絵画の修復

KEI(2022年5月18日)

 ドレスデンの国立古典絵画館で見た「窓辺で手紙を読む女」は、私の最も好きなフェルメール作品である。私はこの絵のポストカードを写真立に入れて書斎の椅子の後ろにある本棚に飾っている。
 この作品に描かれている大きな壁には何も架かっていない。しかし、X線検査をするとこの壁にはかなり大きなキューピッドの絵を描いた画中画が描かれている。このことは有名な話である。
 私が一番のフェルメール研究書だと思っている小林頼子さんの「フェルメール論 神話解体の試み」(八坂書房)を始めとして多くの書物では、このキューピッドの絵を塗りつぶし、壁をただただ光を反射する場にかえたのは、フェルメール自身である、手紙が恋文であるとのあからさまな意味の提示を嫌うフェルメールはそれを消してしまった、との推測が書かれている。
 同じ意味合いだが、「科学と芸術の間を遊泳する」生物学者の福岡伸一さんは「フェルメール 光の王国」(木楽舎)の中で「背景の壁には絵が飾られていた。1のカードを持ったキューピッドの画中画。一人の人を愛しなさい。・・・彼はこれを描いたあと、壁の中に溶かし込んだ。おそらく手紙に特定の意味を与えたくなくなったのだろう」と書いている。
 ところが、その後の科学的な調査の結果この塗りつぶしは、フェルメール本人ではなく後世に他人が行ったことが判明した。
 2019年5月7日の各紙は「ドイツ・ドレスデン国立古典絵画館は7日、同館が所蔵するヨハネス・フェルメールの作品『窓辺で手紙を読む女』の上部に、キューピッドが描かれていたが、これを消したのはフェルメールではなく、後に別人が上塗りしたことが明らかになったと発表した」と報じた。記事では「キューピッドが塗り込められたのは、絵画作成の数十年後、フェルメールの死後であることが判明した」と説明している。
 その約2年後の2021年8月同絵画館は「『窓辺で手紙を読む女』の修復が完了した」ことを発表した。その修復により壁に描かれていた大きなキューピッドが現われた。
 この修復についてはフェルメール愛好家の多くから異論が出されたそうだ。この絵が大好きな私としても、報道された修復後の絵と比べ修復前の作品の方が格段に優れていると思い、修復を極めて残念に思っている。
 ドレスデン国立古典絵画館は「原画に忠実に修復する」という方針あるいは原理原則に従ったのだろうが、ルール遵守を第一に考えるいかにもドイツ的な判断だと思う。もしこの絵がオランダのアムステルダム国立美術館所蔵であったと仮定した場合、同館は消されたキューピッドが現れる修復をするだろうか。
 修復後のこの絵は2022年7月16日から9月25日までの予定で大阪市立美術館で開催される「フェルメールと17世紀オランダ絵画展」の目玉として展示されることが決まっている。鑑賞に行こうか今までのイメージが壊されることになりそうで止めようか、と私は迷っている。