郷愁の詩人与謝蕪村

郷愁の詩人与謝蕪村

KEI(2022年4月13日)

 友人が亡くなるのは寂しい。毎年末発行の同人写真集のメンバーだった友が亡くなった。写真集には彼の過去の傑作に併せて同期の仲間による追悼文が載せられた。
 追悼文には与謝蕪村の「北壽老仙をいたむ」と旧制第三高等学校寮歌の「現なき日」の一節が彼の人となりを示す短文と共に書かれていた。
 この追悼文についての私のメールに対して追悼文の筆者は「高校生の時、古文で『君あしたに去りぬ』を読んで、感動しました。『岡の邊なんぞかく悲しき』にジンと来ました。・・・朔太郎に、『郷愁の詩人 与謝蕪村』という小冊子があります。・・・」と自らの思いを伝えるとともに私の知らなかった萩原朔太郎の「郷愁の詩人 与謝蕪村」を紹介してくれた。
 直ぐに入手し読んだ。本を処分しつつある身を考えて図書館から萩原朔太郎全集第三巻(新潮社)を借り出したのだが、昭和39年発行のこの書物の活字は余りにも小さい。老眼鏡の上にハズキルーペを付けて読んだことである。
  君あしたに去りぬ ゆうべの心千々に何ぞ遥かなる
  君を思うて岡の邊に行きつ遊ぶ 岡の邊なんぞかく悲しき
 朔太郎の文章は「北壽老仙をいたむ」の中のこの語句で始まっていた。そして蕪村の句の詩境が「他の一般俳句に比して、遥かに浪漫的の青春性に富んでいる」と述べ、「蕪村の句の特異性は、色彩の調子が明るく、繪具が生々して居り、光が強烈であることである」と続いている。
 朔太郎はここでは春夏秋冬と四部に分けて自らが好きな句、良い句を選んでいる。「菜の花や月は東に日は西に」「月天心貧しき町を通りけり」といった人口に膾炙している句を始めとして私自身も一読好ましいと感じた句が選ばれ、朔太郎の眼で見た意見が書かれている。菊版30数頁の小論であり、あっという間に読み終えた。
 この小論を紹介してくれた友人は夏の部に選ばれていた「愁ひつつ岡に登れば花茨」について「この岡をいつか写真に撮りたいと思っていますが、そのような僥倖が巡りくるでしょうか」と書いていた。朔太郎は蕪村の「愁ひつつ」という言葉に、無限の詩情が含まれて居ると書いているが友人もその詩情を印画紙上に止めたいと願っているのだろう。
 ちなみに、若かりし頃の私もこの句が大好きだった。朔太郎は「青空に漂ふ雲のやうな、また何かの郷愁のやうな、遠い眺望への視野を持った、心の茫漠とした愁ひ」と当時の私の気持ちを上手く表現してくれている。