「おとうさんのちず」
私の大好きな絵本に「よあけ」があります。唐の詩人柳宗元の詩にヒントを得てできた絵本といわれています。絵も大好きなのですが、瀬田貞二さんの訳も本当に素敵な日本語で、何度も何度も広げた絵本です。その同じ作者、ユリ・シュルヴィッツの絵本、「おとうさんのちず」をご紹介いたしましょう。
シュルヴィッツは、1935年ポーランドのワルシャワに生まれますが、4歳の時第二次世界大戦の戦火に合い、カザフスタン、パリ、イスラエルと各地を転々として、1959年にアメリカにたどり着きます。これは、シュルヴィッツが難民状態で過ごしたカザフスタン時代の思い出が絵本になったものです。
『ぼくのかぞくは なにもかもうしなって いのちからがら にげだした。
そして とおいとおい ひがしのくにまで やってきた。(中略)
ねるのは、つちをかためたゆかのうえ。おもちゃも ほんも なかったし、
たべるものも たりなかった。
あるひのこと、おとうさんは、パンをかいにいちばへ でかけていった。』
ところが、日が暮れる頃になって帰ってきたお父さんは、パンを買わないで、地図を買って帰ってきたのです。「あの金じゃあ、ほんの小さなパンしか買えない。お腹をだますことさえできそうになかった。」とおとうさんは言い訳のように言うのですが、おかあさんは、「地図は食べられないもの、夕ご飯は抜きね」と悲しそうに言います。僕も腹が立った。お父さんを許せないと思った。同じ部屋に住む夫婦は、おいしそうに 音を立てて食事をしている。僕たちは、あたまからふとんをかぶってひもじさをこらえた。
『つぎのひ、おとうさんは かべに ちずをはった。ちずが かべいちめんにひろがると、
くらいへやに、いろが あふれた。 ぼくは、うっとりした。
そして、なんじかんでも あきずにながめたり、こまかいところに みいったり、
うんよく かみが てにはいれば、かきうつしたりもした。
ちずにある ふしぎななまえが ぼくを とりこにした。
フクオカ タカヤマ オムスク、
フクヤマ ナガヤマ トムスク、
オカザキ ミヤザキ ピンスク、
ペンシルバニア トランシルバニア ミンスク!
ぼくは ちめいで しを つくって まほうのじゅもんみたいに となえた。
すると、せまいへやにいても、こころは とおくへ とんでいけるのだった。』
シュルヴィッツは、1935年ポーランドのワルシャワに生まれますが、4歳の時第二次世界大戦の戦火に合い、カザフスタン、パリ、イスラエルと各地を転々として、1959年にアメリカにたどり着きます。これは、シュルヴィッツが難民状態で過ごしたカザフスタン時代の思い出が絵本になったものです。
『ぼくのかぞくは なにもかもうしなって いのちからがら にげだした。
そして とおいとおい ひがしのくにまで やってきた。(中略)
ねるのは、つちをかためたゆかのうえ。おもちゃも ほんも なかったし、
たべるものも たりなかった。
あるひのこと、おとうさんは、パンをかいにいちばへ でかけていった。』
ところが、日が暮れる頃になって帰ってきたお父さんは、パンを買わないで、地図を買って帰ってきたのです。「あの金じゃあ、ほんの小さなパンしか買えない。お腹をだますことさえできそうになかった。」とおとうさんは言い訳のように言うのですが、おかあさんは、「地図は食べられないもの、夕ご飯は抜きね」と悲しそうに言います。僕も腹が立った。お父さんを許せないと思った。同じ部屋に住む夫婦は、おいしそうに 音を立てて食事をしている。僕たちは、あたまからふとんをかぶってひもじさをこらえた。
『つぎのひ、おとうさんは かべに ちずをはった。ちずが かべいちめんにひろがると、
くらいへやに、いろが あふれた。 ぼくは、うっとりした。
そして、なんじかんでも あきずにながめたり、こまかいところに みいったり、
うんよく かみが てにはいれば、かきうつしたりもした。
ちずにある ふしぎななまえが ぼくを とりこにした。
フクオカ タカヤマ オムスク、
フクヤマ ナガヤマ トムスク、
オカザキ ミヤザキ ピンスク、
ペンシルバニア トランシルバニア ミンスク!
ぼくは ちめいで しを つくって まほうのじゅもんみたいに となえた。
すると、せまいへやにいても、こころは とおくへ とんでいけるのだった。』
こうして、僕は、砂漠を走り、雪の山にも登り、うつくしいお宮を訪ねたり、果樹園にもぐりこんだり、ヤシの木陰で休んだり、ビルの立ち並ぶ都会にも跳んでいくことができた。
『ちずのおかげで ぼくは ひもじさも まずしさも わすれ、
はるかとおくで まほうのじかんを すごしていた。
ぼくは、パンをかわなかった おとうさんを ゆるした。
やっぱり おとうさんは ただしかったのだ。』
地図を貼った後、絵本の画面にも、ぱあと色が広がります。地図の上をふわぁっと、飛んでいく男の子が描かれていますが、本当に”想像の翼”を広げて飛んでいく様子が、画面から伝わってきます。心の空間のなんと豊かなこと!!
87歳でユリ・シュルヴィッツさん、アメリカで健在ですが、今も戦争はなくならず、新たな難民が次々故郷を追われ、世界のあちこちへと移動しています。
闇の時代が終わって、世界に『よあけ』のくるのを祈ってやみません。
『ちずのおかげで ぼくは ひもじさも まずしさも わすれ、
はるかとおくで まほうのじかんを すごしていた。
ぼくは、パンをかわなかった おとうさんを ゆるした。
やっぱり おとうさんは ただしかったのだ。』
地図を貼った後、絵本の画面にも、ぱあと色が広がります。地図の上をふわぁっと、飛んでいく男の子が描かれていますが、本当に”想像の翼”を広げて飛んでいく様子が、画面から伝わってきます。心の空間のなんと豊かなこと!!
87歳でユリ・シュルヴィッツさん、アメリカで健在ですが、今も戦争はなくならず、新たな難民が次々故郷を追われ、世界のあちこちへと移動しています。
闇の時代が終わって、世界に『よあけ』のくるのを祈ってやみません。