「辞書の仕事」

「辞書の仕事」

KEI(2021年10月20日)

 畏友があるブログのコラムでこの本「辞書の仕事」(増井 元、岩波新書)のことを興味深く書いていたので、彼に倣って私も手に取った。岩波書店で「広辞苑」「岩波国語辞典」等の編集作業にかかわった人物が、自らの経験を踏まえて辞書をめぐるさまざまなことを素人に分かるように解き明かした本である。
 200頁ほどの新書版なのでアッという間に読み終えた。
 著者の増井氏は「国語辞典の編集は日本語学の専門家がする仕事で辞書編集者は著者を手伝うアシスタント、せいぜい頑張ってコーディネーター(調整役)です」と書いているが、結局のところは自分が納得できる形の辞典を作成しようとしているという誇りを持ってコーディネート(調整)している。
 辞書は言葉を正す「鑑(かがみ)」なのか、言葉を写す「鏡(かがみ)」なのか、についての記述は、辞書に言葉の正しい使い方、正しい意味を求めていた私にとっては、ちょっと衝撃的なことが書かれていた。
 そこには、多くの人が普通に使っている「誤用」を辞書が正すことは不可能、言葉はいつも「乱れ」「変化し」ている、国語辞典は言葉の意味を記述するが定義はしない、などなどが具体的な例とともに書かれていた。
 存在しない言葉が辞書に書かれている例として挙げられている「みすずかる」のエピソードは面白かった。この言葉は「信濃」にかかる枕詞で、私の大好きな言葉の一つでもある。しかし、賀茂真淵が万葉集にある「水薦刈」「三薦刈」を「みすずかる」と読んだのは誤りで「みこもかる」が正しいことは最近の研究者の一致した見解であり、その結果辞書には「みすずかる」の説明としてこのことが書かれているという。手元にある他社の国語辞典で確認したが、著者の言うとおりであった。
 辞書に書かれている例文には、実際の使用例と執筆者等が例として作り上げた文があり、この例文選定や作成もなかなか難しい作業だそうだ。
 かつて「くんだり」の用例として「青森くんだりまで来た」というのがあり、青森の中学校の先生から「何とも名状しがたい思いにとらわれた」と問題を指摘されたという。この例が不適切だとしても、適切な例はどのようなものか、著者を始め関係者の誰もが賛成できる例文は未だ見付かっていないそうだ。
 用語の場合は、その語の使用法としてかなっているかどうかを十分に吟味するが、ともするとその例文が表現している内容への考慮がおろそかになる面があると自戒を込めて書いている。
 その具体的な表れの一つが女性蔑視で、日本語が総体として少なからぬ女性蔑視の表現(「女だてら」「男まさり」が挙げられている)を持っていることは、事実だとし、個々の語の意味を解説する場面であれば、その言葉にひそむ社会的な偏向やそのよってきたる所以を説くこともできるが、用例を掲げる段になると難しいと説く。
「辞典は社会の意識を忠実に反映するものたるべしとして、よく見られる使用例をそのまま掲げることが求められているのか、あるいは、そうした社会的な傾向・風潮に対して、それをよしとしない態度をとるか、辞典編集者はその判断を迫られています」と書く。
 今までに辞書の編集や各種事典の比較など辞書・事典にまつわる何冊かの書物を読んだが、この一冊もその仲間に入れよう。