新設図書館

新設図書館

KEI(2021年5月12日)

 気持ちのいい春の一日、いつものウオーキングのルートを少し変えて、JR東海道線沿いの緑豊かな遊歩道を歩いた。この2km強の遊歩道沿いには昨年末に新しく開館した市立図書館がある。今まで覗いたことはなかったが、ちょっと立ち寄ってみようと思った。同行の妻はその間、途中で見つけた土筆を摘んでいると言う。
 2階建の図書館の1階には2008年末に引退した初代新幹線「0系」が置かれていた。「団子鼻」と呼ばれて親しまれた人気車両である。新型コロナウイルス終息の暁にはいろんなイベントで利用されるのだろう。
 いつも行く本館(現在改装工事中)や駅前の分館とは異なり、明るく広々としており実に気持ちがいい。受付にいた職員におおよその図書の配置状況を聞き、適当に眺め始めた。すべての図書が新しく購入されたのであろうくたびれた本は見当たらなかった。
 何を借りるという当てもなく眺めていて目に付いたのが、浅田次郎さんの「パリわずらい 江戸わずらい」(集英社文庫)だった。浅田さんが直木賞、司馬遼太郎賞、大佛次郎賞など数多くを受賞されていることは知っていたが、2011年から2017年までの間、日本ペンクラブの会長を務められたことは借り出しに際しチラッと眺めたこの中の一文によって知った。
 この本はJALの機内誌に連載したものを集めたもので、これが3冊目であるとあとがきに書かれている。それぞれ原稿用紙7枚分、5頁程度のエッセイである。  表題と初出雑誌から考えて旅に関する文章がほとんどを占めているのでは、と思ったがそうではなかった。タイトルにある「わずらい」は文字どおり病気の意味であり、「江戸わずらい」とは、参勤交代制度によって江戸詰めになった地方藩士が白米を食べることにより患うこととなった脚気のことである。「パリわずらい」とは、氏がパリに滞在すると必ず体調を崩すことを「江戸わずらい」になぞらえてそう書いていらっしゃる。
 興味深く読んだのは「続・消えた二千円札」だった。二千円札は現在では全くと言ってもいいほどお目にかかれない。何年か前に、釣銭の一部として受け取ったときには、注意喚起の意味だろうか「二千円札です」という言葉が添えられた。私も受け取ったものの間違いそうで手元に置くことなく直ぐに支払いに使った。
 浅田さんは欧米では20ドル紙幣や20ユーロ紙幣が紙幣の主役として流通しているのに、それらに匹敵する二千円札が流通していないのを残念がり、「各都道府県の偉人を描いた47の自治体の二千円札を発行する」というアイデアを出す。そしてどの県は誰の肖像とするかを楽しく書いていらっしゃる。鹿児島県は西郷隆盛、高知県は坂本龍馬で決まり。岩手県は宮沢賢治か石川啄木か、島根県はラフカディオ・ハーンだろう。千葉県は伊能忠敬ではどうだろう、などと書き、この話題だと宴席は和やかになると続ける。
 その他「チップの考察」ではチップの額についての悩み、「文明の利器」では老子の「民に利器多くして国家滋(ますます)昏(くら)し」(国民生活に便利な道具が増えると、国は暗くなる)を述べ、「ちくわぶ奇譚」では氏の好物のおでん種であるちくわぶが関西には無いことを嘆く。
 どこから読んでもよい一冊であり、示唆されるところの多い一冊だった。
 私が新しい図書館を観察している間、土筆摘みに精を出していた妻は580gもの土筆を採った。甘辛く煮つけられた土筆はその夜の晩酌の一皿になった。