「復活の日」

「復活の日」

KEI(2020年6月3日)

 新型コロナウイルスの感染者数が我が国で増え始めた頃、50年近く前になる1972年10月に発刊された小松左京のこの本を知り、急いで市立図書館の蔵書を検索し、予約を入れた。図書は貸出中で予約番号は1番だったが、ほどなく図書館は閉館となった。緊急事態宣言が解除されたつい先日に入手し、「蟄居閉門」の生活であることもあり一日で読み終えた。
 某国の研究所で試験中だった猛毒の新型ウイルスがスパイによって持ち出される。スパイの乗った小型飛行機は吹雪に遭ってアルプス山中に墜落し、ウイルス保管容器は砕け散る。春になり気温が上昇するとこのウイルスは大気中で増殖を始め、全世界に広まる。当初は新型インフルエンザと思われたが、心臓発作による突然死が相次ぎ、おびただしい犠牲者を出す。科学者の必死の努力にも拘らず病原体や対抗策は見つからず、半年後には地球上の全人類が死滅してしまう。
 生き残ったのは、南極大陸に滞在していた各国の観測隊員約1万人と、海中を航行していた原子力潜水艦の乗組員たちだけであった。南極の人々は国家の壁を越えて結成した委員会のもとで人類再生の道を模索する。
 この本の187頁から244頁に亘る58頁を使って描写されている、感染が始まり2ヶ月が経った頃の初夏の日本の状況については、あまりにもなまなましく、大げさではなく戦慄を覚えた。
 この項は「六月三十日までに、日本で八千万人の人々が死んだ。――だが、その時はまだ二千万人たらずが生きていた」で終わる。
 確かに我が国の現在の状況はここに描かれている内容とは異なっているが、現在の新型コロナウイルスの毒性や増殖率が異なっておれば、それに加えて対策が一歩間違えばこのような状況に立ち至ってもおかしくないと感じた。そして、現在新型コロナウイルス対策の現場で働いておられる医療関係者の努力・奮闘はここに書かれていることに近いのではないかと改めて感謝したことである。
 読み進めて行くうちに、北欧の大学で文明史を教えている教授の死の直前の無線による講義(270頁~284頁)が書かれていた。そこでは「…あまりに急激すぎて、災厄に対する全人類の統一戦線をはるだけの余裕がなかった。しかし――それにしても、われわれが、全力をあげて闘うことは原理的に不可能だったでありましょうか? 人類がもっと早く、自己の存在のおかれた立場に目ざめ、常に災厄の規模を正確に評価するだけの知性を、全人類共通のものとして保持し、常に全人類の共同戦線をはれるような体制を準備していたとしたら――災厄に対する闘いもまた、ちがった形をとったのではないでしょうか?」と言い、続けて戦争と科学との関係、哲学者の役割等について触れる。
 そして「結論を申し上げれば、二十世紀において知識人がなかんずく哲学者が科学者と協力して…対立する諸勢力の調停者の役目をはたし得ていたら…歴史はさらにかわったものになっていたでしょうに…」と続け「…学者として知識人として根源的に怯懦であった…」と締め括る。しかし、彼を怯懦と批判・非難する資格のある人はいるのだろうか。
 最後の頁で、小松左京は人類を死滅させたウイルスに対するワクチンを南極の地で完成させた一人の博士に「本来人類を死と疫病からすくうために生まれてきた医学が三十五億の人類を絶滅させ、そのあと、人類を絶滅さすだけの目的でつくりあげられた核ミサイルが、皮肉にも人類を救った…」「物質と対決し、偶然と闘うことを宿命づけられた人間精神の姿が明瞭になれば――闘うべき相手は、同胞ではないということが時代の普遍的認識となれば、それは一切の人間対人間の骨肉相はむ争いを終わらせ、かわって“物質”と対決すべき連帯がうまれるのではないか?…」「復活されるべき世界は、大災厄と同様な世界、であってはなるまい。とりわけ“ねたみの神”“憎しみと復讐の神”を復活させてはならないだろう」と手記に書かせている。
 南極の1万人の観測隊員が模索している人類再生計画が数えきれない世代を経た後に実現した暁には、上に引用した北欧の大学教授の最後の講義やワクチンを完成させた博士の手記の内容が同時に人類共通の認識となっていることを願っている。
 小松左京ファンの方々はいうまでもなく、多くの人が現在の新型コロナウイルス問題との関連という意味で、本書を読まれているようだ。小松左京ファンの友人からも処分してしまったこの本を再読したくなり、改めて購入したというメールが入った。調べてみると我が市の図書館では既に21人が予約待ちである。一読を勧めた妻が読み終えたら直ぐに返却手続をとろう。