卯の花は匂うか
大学写真部OB仲間のメーリング・リストに「『卯の花』、今、我が猫額庭に咲いています。とても良い香りがします。その先に『おおやまれんげ』があります。こちらは、清楚+濃厚な薫り。玄関先の大鉢では、昨日、『クチナシ』の最初の花が咲きました。こちらは濃密な匂いがしますね。みんな、白い花です」云々というメールが掲載された。
写真展や写真集に関する事務連絡がほとんどの中に、時折りこのような優雅なメールが発信される。
これを読んだ仲間の一人から折り返すように「卯の花、別名ウツギは私の散歩道でも今たくさん咲いています。しかし、花に近づいて匂いを嗅いでみてもほとんど無臭です」というレスポンスがなされた。
我が家の庭にも、小さな株であるが、「卯の花」の白い花が咲いている。近づいても香らない。
友人のメールの交換を読みながら、私は平岩弓枝さんの「御宿かわせみ」シリーズの中に「卯の花の香り」を話題にした一作があったのを思い出していた。このシリーズは池波正太郎さんの「剣客商売」と並んで私の愛読書の一つで全巻を揃えている。
そこで平岩さんのシリーズの目次にざっと目を通してみると、その第1巻に「卯の花匂う」(文春文庫、79頁)があった。
そこには、次のように書かれていた。
写真展や写真集に関する事務連絡がほとんどの中に、時折りこのような優雅なメールが発信される。
これを読んだ仲間の一人から折り返すように「卯の花、別名ウツギは私の散歩道でも今たくさん咲いています。しかし、花に近づいて匂いを嗅いでみてもほとんど無臭です」というレスポンスがなされた。
我が家の庭にも、小さな株であるが、「卯の花」の白い花が咲いている。近づいても香らない。
友人のメールの交換を読みながら、私は平岩弓枝さんの「御宿かわせみ」シリーズの中に「卯の花の香り」を話題にした一作があったのを思い出していた。このシリーズは池波正太郎さんの「剣客商売」と並んで私の愛読書の一つで全巻を揃えている。
そこで平岩さんのシリーズの目次にざっと目を通してみると、その第1巻に「卯の花匂う」(文春文庫、79頁)があった。
そこには、次のように書かれていた。
吉野屋治兵衛は覚悟をきめたように目を閉じていた。起きる力もない。それをみて、女房もすがりついたまま、眼を閉じた。
陽の光と、風の中で、誰もが動かない。
そのままの姿勢で、ふっと治兵衛が眼をあげた。すがりついている妻へ訊いた。
「花の・・匂い・・花の・・」
女房が眼をあげた。石段の下の白い花をみる。
「卯の花ですよ」
「そうか・・」
そのまま、夫婦とも眼を閉じた。
今にも殺されかかっている中で、身動きの出来ない夫が花の香に気づき、妻に問い、妻が答えたのが、奇妙なようで自然だった。(109頁)
「おい、この花だよ」
気がついて、東吾はるいを垣根の外へ連れ出した。
「卯の花ですよ。これは・・」
「こいつが咲いて、匂ったんだ・・」
神社の石段の下に一群れ咲いていた野の花が、人の心のむきを変えた。(113頁)
陽の光と、風の中で、誰もが動かない。
そのままの姿勢で、ふっと治兵衛が眼をあげた。すがりついている妻へ訊いた。
「花の・・匂い・・花の・・」
女房が眼をあげた。石段の下の白い花をみる。
「卯の花ですよ」
「そうか・・」
そのまま、夫婦とも眼を閉じた。
今にも殺されかかっている中で、身動きの出来ない夫が花の香に気づき、妻に問い、妻が答えたのが、奇妙なようで自然だった。(109頁)
「おい、この花だよ」
気がついて、東吾はるいを垣根の外へ連れ出した。
「卯の花ですよ。これは・・」
「こいつが咲いて、匂ったんだ・・」
神社の石段の下に一群れ咲いていた野の花が、人の心のむきを変えた。(113頁)
数日後、発端となったメールの発信人から、花の写真と共に「植木屋との会話を想い出しました。ただの『ウツギ』ではなくて、『梅花空木(バイカウツギ)』でした。名前は近いが、全然別物ですね」という再度のメールが送られてきた。
友人間の問題は「卯の花(ウツギ)は匂わない、匂うのはバイカウツギである。前者はウツギ属、後者はバイカウツギ属の植物であり、花の形も異なっている」ということで決着したが、平岩さんの文章についての疑問は残る。平岩さんの調査不足と結論付ければ話は簡単であるが、平岩さんほどの人が間違う筈はない、と思いつつ今も気になっている。
唱歌「夏は来ぬ」では「卯の花の匂う垣根に…」と「卯の花」が詠われている。作詞者が歌人・国文学者の佐佐木信綱であることを考えると、歌詞中に現れる「卯の花の匂う」は「卯の花が香る」意味ではなく、「敷島の大和心を人問はば朝日に匂ふ山桜花」(本居宣長)の「匂ふ」と同じだろう。「卯の花」が「色が鮮やかで、輝くように美しく見える」(ベネッセ表現読解国語辞典)を意味していることは間違いない。
友人間の問題は「卯の花(ウツギ)は匂わない、匂うのはバイカウツギである。前者はウツギ属、後者はバイカウツギ属の植物であり、花の形も異なっている」ということで決着したが、平岩さんの文章についての疑問は残る。平岩さんの調査不足と結論付ければ話は簡単であるが、平岩さんほどの人が間違う筈はない、と思いつつ今も気になっている。
唱歌「夏は来ぬ」では「卯の花の匂う垣根に…」と「卯の花」が詠われている。作詞者が歌人・国文学者の佐佐木信綱であることを考えると、歌詞中に現れる「卯の花の匂う」は「卯の花が香る」意味ではなく、「敷島の大和心を人問はば朝日に匂ふ山桜花」(本居宣長)の「匂ふ」と同じだろう。「卯の花」が「色が鮮やかで、輝くように美しく見える」(ベネッセ表現読解国語辞典)を意味していることは間違いない。