翻訳の世界
図書館の英米文学コーナーで背表紙を眺める。いくども見る背表紙、初見のそれ。まるで背表紙に挨拶をするさまである。私はこの静かに挨拶をする時がわくわくする。薄っすらと記憶にある次に読みたい本と書架で出会った時の小さな喜びは小さな幸せにつながる。空白の時間を存分に使う贅沢なその日である。
あれやこれや聞くのではなく、その方と共有する時間の中で何か感じるものがあればよいのだろうと、数日前から緊張をほぐすことにした。
会話を重ねるたびに、その方の言葉が正しく豊かであること、幾多の本に詳しいこと。優しいこと。を確信した。
私がまったく手が届かない世界。それは原書を見せてもらった時だ。翻訳家の仕事の何たるかは深く知らないけれど、この瞬間、私と書架の本を繋いでくれているのだと感激をした。
翻訳本からは原作にない翻訳者の方のお人柄を感じることは出来る。原書が読めない私・・・ではあるけれど。
この夏の半日、ご縁があり翻訳家の方と過ごすことになった。その方は貴重な時間をやりくりして下さったであろうと思う。また私は英米文学の翻訳を職業にする方と初めてお会いする。
あれやこれや聞くのではなく、その方と共有する時間の中で何か感じるものがあればよいのだろうと、数日前から緊張をほぐすことにした。
共に過ごした場所は書店やカフェ、レコード店。自然と本の装丁や内容にある音楽、映画の話題になる。そして時にはある本を手に取り、表表紙の画の美しさに言葉が踊る。果てしなくこの時間が続くのではないか?続けば楽しいだろうと感じた。
会話を重ねるたびに、その方の言葉が正しく豊かであること、幾多の本に詳しいこと。優しいこと。を確信した。
私がまったく手が届かない世界。それは原書を見せてもらった時だ。翻訳家の仕事の何たるかは深く知らないけれど、この瞬間、私と書架の本を繋いでくれているのだと感激をした。
この方はいくつもの翻訳本を出版されているが、その中で今年翻訳出版された本にも興味が惹かれ手に取った。新たに図書館の書架で見つけることが楽しみである。
このような機会があり、翻訳の世界を少し覗いた。それは入口に過ぎないと思う。翻訳を職業にされている方々への感謝はそれぞれの本を手にした時々に思う。
翻訳本からは原作にない翻訳者の方のお人柄を感じることは出来る。原書が読めない私・・・ではあるけれど。