「ローカル線ひとり旅」
書斎の片隅から「ローカル線ひとり旅」(谷川一巳、光文社新書)が出て来ました。著者はかつて(国鉄の時代に)国鉄・私鉄の全線を走破(著者はこの用語を使っています)した人物です。どこかのローカル線について何か調べることがあり書庫から持ち出したものを手近な場所に仮置きし、そのまま何年も経ったのでしょう。処分するに当たりチラッとその内容を眺めました。主なJR地方交通線や第三セクター鉄道線などが描かれた日本地図が末尾に掲載されていましたが、この内の幾つかはその後、廃線になっています。
著者が言う「旅情に浸れる汽車旅」に相応しい路線の幾つかは既に廃線になっているのになあ、と思いながらこの本の処分に先立って、ざっと目を通したことです。
また、お正月の休暇を我が家で過ごすために帰阪する際に敢えて新幹線を使わずに幾つかの異なったルートを選んだこともあります。
最初は、東海道本線の新快速を乗り継いで帰りました。電車の連絡がよく予想より早く6時間強で我が家に着きました。名古屋まで中央本線を使い、その後新幹線で帰ったこともあります。この時は松本で途中下車し老舗の蕎麦を堪能しました。また名古屋まで新幹線で行き、名古屋から関西本線で亀山・加茂・奈良・天王寺を経由して帰ったこともあります。これは9時間ほどかかりました。のんびりと走り各駅に停車するローカル線がその理由です。
著者は「ガッタンゴットンと列車に揺られるローカル線はいいもので……地方の生活を乗せるローカル列車は旅気分に満ちている」と書きつつ「しかし、日本の汽車旅旅情は年々失われつつある」と残念がっています。そして「そんななか、景色のいい路線では観光列車が花盛り。眺望のいい車両あり、SLあり、トロッコありで人気を博している。『どうぞこの列車で旅気分を満喫してください』というわけだが、どうも作られた旅情でホンモノ気分には浸れない。‥‥‥誇張していえば、観光列車は『ローカル線のテーマパーク化』のような気がしないでもない」とし「本当の楽しみ方を知らない」「作られた旅情」としています。
このように書きつつ著者は「いずれにしても、日本では、国土のほとんどにレールが敷かれています。鉄道を使った旅を再認識して欲しいと思います。皆さんもローカル線の上手な利用方法を考えて、スローな汽車旅に出てみようではありませんか」という文章で締め括っています。
著者が言う「旅情に浸れる汽車旅」に相応しい路線の幾つかは既に廃線になっているのになあ、と思いながらこの本の処分に先立って、ざっと目を通したことです。
1年間に50回したこともある東西往復の経験からも、新幹線の旅は味気ないと思います。その中でも私は小さな発見を楽しんでいました。新大阪から東京へ行く場合は多くの人は富士山は進行方向に向かって左側に見える、と思っていらっしゃるようですが(そしてそれはそのとおりなのですが)、実はほんの短い時間ですが、右側に見える場所があるのです。記憶では掛川と静岡の間だったと思います。
また、お正月の休暇を我が家で過ごすために帰阪する際に敢えて新幹線を使わずに幾つかの異なったルートを選んだこともあります。
最初は、東海道本線の新快速を乗り継いで帰りました。電車の連絡がよく予想より早く6時間強で我が家に着きました。名古屋まで中央本線を使い、その後新幹線で帰ったこともあります。この時は松本で途中下車し老舗の蕎麦を堪能しました。また名古屋まで新幹線で行き、名古屋から関西本線で亀山・加茂・奈良・天王寺を経由して帰ったこともあります。これは9時間ほどかかりました。のんびりと走り各駅に停車するローカル線がその理由です。
現在では著者が考えているような「しっかりプランを立てて、行き当たりばったり」というような旅は私には無理なように思います。大阪から近い竜野、佐越、平福、五個荘など日帰りができる古い町並みに行くためのローカル線で旅情を楽しむのがよさそうです。