「ハムネット」

「ハムネット」

M・M(2026年3月4日)

「シェイクスピアは、なぜなき息子の名を戯曲の題にしたのか」小説「ハムネット」マギー・オファーレル著者

 映画「シェイクスピアの庭」(2020年公開)を観た。引退したシェイクスピアの晩年を描き、家族との葛藤や過去の真実を追う物語。
 このドラマの中に息子ハムネット(幻影)が数回現れる。印象深い箇所だ。

 小説「ハムネット」はシェイクスピアを描いてはおらず、妻のアグネスを描く。アグネスがどのような女性であったのか。誕生からシェイクスピアとの出会い、日々の生活、三人の子どもたちとの関わり。

「シェイクスピアの庭」は一家の晩年を描いた作品だが、「ハムネット」は一家の始年からを描く。それぞれ、監督や作家は異なるのでフォーカスした部分もちがう。しかし、私の内で、その二つの作品を観て読んでつなげたことにより、シェイクスピア一家の物語が長尺になった。そして深く感動した。監督や作家の創作の部分、意図する部分はおおよそつかめる。

ハムネット

 シェイクスピアは彼女(通称アン・ハサウェイ)を嫌ってロンドンへ出奔し、劇作家となった、といった言説が多々見られた。だが記録によると、かつては町の名士で手袋製造の商売を繁盛させていたシェイクスピアの父親は、息子の結婚当時は羊毛の闇取引その他の不祥事ですっかり落ち目となっていた。一方アン・ハサウェイのほうは、実家は裕福で父親からかなりの持参金を遺されており、社会的に見れば、彼女のほうが立場が上だった。しかも、シェイクスピアは芝居で稼いだ金を家族のもとへ送金し、かなりの資産家となって引退したのちは、ロンドンに留まらずに妻子のもとへ帰って生涯を終えている。
訳者あとがきより

 作者がこの本を書くにあたり、ハムネットの母は愛情深い女性であったのではないか、今まで描かれてきた内容と異なるのではないか。シェイクスピアは決して妻を嫌っていたのではない。

シェイクスピアの庭

 筆を折ったシェイクスピアは故郷に戻り、なき最愛の息子ハムネットを偲ぶ庭作りに没頭する。長い年月を不在にしたため、家族(妻、娘二人)との生活はスムースではない。特にハムネットと双子のジュディスとは気持ちのぶつかりが激しい。

「ハムネット」の中で息子ハムネットは疫病でなくなってしまうが、「庭(簡略)」の方はそうではない。これは、史実不明で、真実は不明だからか。各々の創作又はどちらかが真実かと思いめぐらす。観る読む者の心をゆさぶることに変わりはない。
 ハムネット・シェイクスピアの埋葬は記載されているが、シェイクスピアのどの戯曲でも詩でも一度も原因に言及されていない。小説の作者はこの欠落が不思議であり、もしかするとそこに何か重要なものがあるのではと書いてある。著者あとがきのこの箇所を読むと、「庭」のラストがより真実に近いのかと思わせる。著者は小説は私の勝手きままな憶測の結果であると締めている。

なぜ戯曲の題にハムネットを…

「ハムネット」の中ではアグネスがグローブ座に行き舞台を観る。そこで視覚の混乱が生じる。ハムネットそっくりのしぐさをする少年が舞台上にいる。シェイクスピアの手とり足とりの演出のたまものだ。シェイクスピアはハムネットを生かした…舞台上の役柄の父とハムネット、舞台下から観る母のアグネス。この構図で十分だ。

 夫シェイクスピアが息子の名を芝居のタイトルにしたことを、母アグネスはどう思ったのか。著者は大きな疑問をもつ。作者の答えはアグネスとともに当時のグローブ座へ行って「ハムレット」の芝居を観ながら確かめていただきたい
訳者あとがきより

 小説「ハムネット」は映画化され4月に上映が決まった。しっかりアグネスに寄り添って鑑賞したい。