「グレゴワールと老書店主」

「グレゴワールと老書店主」
muca(2026年4月15日)

グレゴワールと老書店主

 本の朗読について書かれていることに現実味があるなと思いながら読んでいたが、著者マルク・ロジェはプロの朗読者ということだ。なるほど(訳・藤田真利子)。
 グレゴワールは普通なら落ちこぼれと言われるような18歳の若者だ。自分で選んだわけでもない職場(老人ホーム)の厨房で働き始める。
 ムッシュー・ピキエという、元は老書店主だった入居者と仲良くなり、本の字が読めなくなった彼を相手に朗読をすることになる。ピキエは所有していた本を整理して3000冊を持ち込んでいる。

 老人は本と朗読に関連する話をたくさんするが、私にはわかりづらいところもある。滑舌が悪い私は、試しに一部を声に出して読んだ。朗読しているようなつもりで。声に出すことでゆっくり読むようになり、それでも分かりづらいことは変わらないが、少しは声が出やすくなった気がする。読書をしているのか音読の練習をしているだけなのかがはっきりしなくなる。
 けれど、これだけのことでもこの本を読むことで実際に行動として試してみるきっかけが得られたと考えれば面白い。

「なあ、グレゴワール、誰か英雄になり代われるとしたら誰になりたい?」
 長い沈黙、そして突然なんの関係もなく、落雷のようにぼくは答える。
「木になりたい」
 その答えに自分でも驚く。さらに、それは老人をも驚かす。
 …
「ぼくは木が好きで木に対して漠然とした賛嘆と尊敬の念を抱いています。これが最初に浮かんだ言葉です。もし木の一本になるのだとしたら、運河の下の沼地、ぼくがトレーニングしている水門の近くにある沼地の真ん中に立っているあの古い柳の木がいいです」
 …
「あの木は独特です。ぼくにとってあれは自分を重ねることができるヒーローなんです」

 このところで、何故か唐突に次の短歌を思い出してしまった。私が好きな短歌のひとつなのだ。

一本の木となりてあれ         
   ゆさぶりて過ぎにしものを風と呼ぶべく
            大西民子(風水)

 本を読むことが好きでもなかったグレゴワールが、いつしか老人と文学の話までするようになる。朗読の相手が増えていき、自分と他者の存在を意識して考えるようになっていく。
 ほとんど気にもかけなかった “朗読” というものを、朗読の専門家の処女作が私に教えてくれる。