視点を変えてくれる本

視点を変えてくれる本

muca(2024年10月2日)

 大津市立図書館から1週間ごとにメールで「新着資料のお知らせ」が送られてくる。
 それほど最近に発行されたものがあるわけではなさそうだが、私の読書傾向とは無関係に、毎回 20 冊がリストアップされている。
 リストの中には、一人の著者のシリーズ本が何冊も含まれている場合があり、しかも発行されたのはかなり前のはずだと思われるものがある。こういうのは何号から何号とまとめて書いて、その分他の本を紹介してくれればいいのにと思ってしまう。しかし、メール文の作成は手作業で行われているのではなさそうで、変則的な文章にはできないのだろう。

 知らせてほしいカテゴリーを登録できるようになっているかも知れないのだが、対象の絞られ方が不明なので試してみようとしたことがない(カテゴリーを制限したまま忘れるというのも避けたい)。

 先日、大津市立図書館のホームページにログインし、「利用者のページ」の「あなたへのおすすめ」というページを見てみたら、私が読んだことのある本も何冊か表示された。気が付かないうちにそういう設定をしていたらしい。「おすすめリストを希望する」を「いいえ」に変更した。

 前々週の「新着資料のお知らせ」の中から2冊を予約した。「用意できました」と通知されてくると、すぐに借りに行かないと申し訳ない気持ちになるので、外出を控えたい暑い時期は予約しないようにしていたのだが、そろそろ暑さも終わりのようだし、この2冊は貸出中だったので、数日は貸出可能にならないだろうと思ったから(予約している方はいなかった)。

 思っていたより早く「死んだ動物の体の中で起こっていたこと」というタイトルの獣医病理医・中村進一氏の本が借りられた。

 私はこの本を、ある種の動物に多く発生している病変について書かれたようなものと勘違いしていた。つまり、統計的な観点で研究された内容のように思っていた。

 全三章「動物の死から学ぶ」「この子は最後に苦しみましたか」「珍獣<エキゾチックアニマル>たち」を読み終えた。動物には種としての基本的な特質があると思っていたが、個体ごとに好みやクセがあるというのが具体的に分ってきて、自分と同じように個性があることに感心する。同じ爬虫類のペットでも、異物を食べてしまうクセのあるものがいるし、生育環境からくるストレスにも個体差があるそうだ。
 こういうことを知ると、動物を種で理解してしまうのではなく、個としての存在を強く意識するようになる。

 飼育記録をしっかりとつけて、死因を知り、残された爬虫類の飼育に生かしている爬虫類女子が(という言い方があるのは知らなかったが)いること、愛らしさで飼われているミーアキャット、マイクロブタは決して犬や猫と同じようには飼えないということなども、なるほどと思える知識になる。

 著者・中村氏の次の言葉に、自分が見て心地よい情報だけを楽しむ癖をつけてしまうことを警戒しなければならないとあらためて思う。

 テレビでは毎日のように動物を扱った番組が放送され、ネット動画にはさまざまな動物が登場し、書籍や雑誌も動物をテーマに書かれたものが数多く出版されています。
 それらはどれもおおむね、動物に癒される、動物の生き方に学ぶ、動物の生態に驚く、動物と一緒に生きる、というような切り口で作られています。
 そこに、動物はなぜ死ぬのか、どのようにして死んでいくのか、死んだらどうなるのか、残された人や動物はどうするべきか、という、死と向き合う視点は圧倒的に欠けています。
 動物の生きざまにだけ注目するのは片手落ちというものです。生の最後に必ず訪れる死からも教訓を導いてこそ、真に生きるということの意味が理解できるようになるのです。
 苦しみながらも必死に生きようとする動物を身近に感じることで、ぼくたちは他者の痛みを理解できるようになります。そしてそれは自分自身を大切にすることにもつながります。

 また、氏は決してもとから優れた観察力に恵まれていたわけではありませんと、謙虚である。

 細かい臨床手技は得意でしたが、顕微鏡で細胞や組織を観察する病理診断には強い苦手意識を持っていました。
 何しろ病変の見極めがさっぱりだったのです。苦手を克服しようと必死に勉強しているうちにいつしかそれが仕事になったのですから人生とは不思議なものです。
 臨床獣医師になって一つ一つの命を助けるという選択肢もありましたが、ぼくは動物の死から多くの命を救うことを選びました。

 最後に書かれている「病理解剖を通して、ぼくたちにたくさんのメッセージを託してくれた動物たちに、最上級の感謝の気持ちを伝えたいです。本当にありがとう」に、私は自分自身の成長を陰から支えてくれたもの、犠牲になってくれたものに感謝する気持ちがあったかと反省させられる。