天邪鬼な選択
書評は読まないほうである。そう決めているというのでも、信用していないというのでもなくて、大勢が読んでいるのに付き合う気がないのと、予断という影響を受けたくないのだろうと思う。知人が積極的に薦めてくるのは一応概要だけでも知ろうとはするのだが。
それよりも、語源というか、言葉ができたいきさつの多様性に惹きこまれ、最近の言葉がどのように生まれたのかということに関心を向けてくれるきっかけになった。
図書館で「セピア色の言葉辞典」(出久根達郎氏、文春文庫)を借りた。タイトルは、色褪せてしまって今では目にすることもない語の解説の意だと思うが、著者自身がよく知らなかったか、初めて出会った語について、いろいろ調べたことが面白そうだったから。
読んでいてなるほどと思うところも当然あるのだが、今では使うことも聞くこともない言葉がほとんどだから、そういう意味の実用性はないと言っていいだろうと思う。
それよりも、語源というか、言葉ができたいきさつの多様性に惹きこまれ、最近の言葉がどのように生まれたのかということに関心を向けてくれるきっかけになった。
古風で奥ゆかしさを感じたのは、例えば “お膝送り” という言葉である。
看護師さんが、かなりお年を召した女性を介添えしながら治療室から出てきた。長椅子に座る人たち全員に向けた言い方で「申し訳ありません。お膝送り願えますか」
若い看護師さんの古風な言葉遣いに感動した。
昔はバスや都電の車掌が言っていたし、寄席に行けば常套語であった。
若い看護師さんの古風な言葉遣いに感動した。
昔はバスや都電の車掌が言っていたし、寄席に行けば常套語であった。
ただ席を詰めてくださいというのではなく、具体的にどのように協力してほしいかを、柔らかく伝える言い方があったことを知った。
大和田健樹(「地理教育 鉄道唱歌」の作者)が、跡見女学校5年生 29 人の修学旅行を引率したときの話 “百鬼夜行” 。
大和田健樹(「地理教育 鉄道唱歌」の作者)が、跡見女学校5年生 29 人の修学旅行を引率したときの話 “百鬼夜行” 。
生徒たちは車窓の風景に厭きて、「電話」という遊びを始めた。一人が即興の文句を考えて隣の人の耳にささやく。聞いた者は、それをまた隣の人に伝える。次々と耳打ちして、最後に受け取った者が大声で発表する。最初の文句とは丸きり異なっている。皆が大笑いした文句に「百鬼夜行の日光行き」が末端では「明き屋のニコニコ」。
当時の女学校5年生というと十六、七だろうか、なかなかのセンスである。
当時の女学校5年生というと十六、七だろうか、なかなかのセンスである。
当時の女学校生のレベルと、修学旅行であっても落ち着いていた様子がうかがえ、自分の頃と比べて感心してしまう。
“飯弁慶” というのは、飯だけ食べて仕事をしない者をいう言葉だそうだが、関連して書かれているのがこれ。
“飯弁慶” というのは、飯だけ食べて仕事をしない者をいう言葉だそうだが、関連して書かれているのがこれ。
私の母は文字の読み書きができなかったが、その分耳学問に長けていた。ことわざや決まり文句を豊富に覚えていた。小学生の私が用事を言いつかる。私はグズな性分なので、一向にみこしをあげない。業を煮やした母が「そら、始めれば半分だよ」と追い立てる。仕事というものは、始めてしまえば半分終わったようなもの、とにかく着手することだ、というのである。「始めれば半分」は、私にとって「広き世に立つ基い」になっている。
[広き世に立つ基い:たらちねのははの教は狭ばけれど、ひろき世にたつ基いとぞなる]
母と、その知恵を懐かしむ思いがよく分かる。「始めれば、半分できたも同じ」というのが、私が気が進まない作業に取りかかる時の気合に似ていて、十分得心できる言葉なのが愉快。
“ら” という項も面白い。ついでながら、読みたくなる本もできた。
鍬本實敏という、元警視庁の敏腕刑事が書いた「警視庁刑事」(講談社)は最近読んだ本の中で、ずばぬけて面白いものであったが、こんな話が出てくる。
戸棚にあると言われたが、「あの、見当たりませんが」
「なかったら、お前、買ってこなくちゃ。ついでに我々にも入れてくれ。気をきかせろよ」
次からはその若い衆が相棒を連れてやってくるのだが、命じられなくても戸棚からカップとコーヒーを出して入れ、皆に配る。相棒はびっくりする。仲間内でいい顔になる。
やくざの兄貴分を逮捕する。若い衆が警察署に差し入れに来る。著者はその若者に言う。「ボヤッとしていないで兄貴にコーヒーでも入れてやれ」
戸棚にあると言われたが、「あの、見当たりませんが」
「なかったら、お前、買ってこなくちゃ。ついでに我々にも入れてくれ。気をきかせろよ」
次からはその若い衆が相棒を連れてやってくるのだが、命じられなくても戸棚からカップとコーヒーを出して入れ、皆に配る。相棒はびっくりする。仲間内でいい顔になる。
どんな下っ端の人間でも、その者の顔を立てて認めてやる。雑草だからとさげすんじゃいけない。一本一草、みんなそれぞれ名前がついているんだから。
この、「警視庁刑事」を読みたいと思い、図書館に予約した。 “ゴミ” の項の、「斎藤明美の『高峰秀子の捨てられない荷物』」も、著者が「この本は大変面白い」と書いているので読みたくなった本である。
本を読んでいて、その中に読んでみたいなと思える本が引用されている箇所に出合えるのは嬉しい。今回のように、古本屋を営む著者は本に詳しいはずだと思うとなおさらである。
本を読んでいて、その中に読んでみたいなと思える本が引用されている箇所に出合えるのは嬉しい。今回のように、古本屋を営む著者は本に詳しいはずだと思うとなおさらである。