司書の力 エッセイの文探し
忘れられないエッセイがあった。
今から、およそ50年ほど前のことだった。高校2年生の現代国語のテストを受けていた私は、その出題文に目を奪われた。様々な問題文に出会ったが、こんなことは初めてだった。テストの設問を読むことを横に置いて、その文を何度も読んだ。問題文の後に、著者が書かれていて「女優 高峰秀子」とあった。「日本人女性は、黒の喪服が似合う」という内容であった。
それ以来、時々、「女優 高峰秀子」のエッセイを読んだが、どの本にも文は見つからなかった。彼女のエッセイには、その都度感慨深い感想を持ったが、テスト問題文のように強烈に引き込まれることはあまりなかった。時々、あの現代国語のテストのことを思い出し、その文に出会いたいと思っていた。
ふと思いついて、某図書館の窓口で司書さんに依頼してみた。手がかりは二つ。「女優 高峰秀子のエッセイ」と「日本人女性は、黒の喪服が似合う」という記憶の文である。
書庫にある20冊近い本を運んできてくれた。過去に私が読んだ記憶がある本をのぞいて、新しい本を一つ一つページをめくったが、やはりない。と
「あのう、探していらっしゃる文は、昭和34年9月8日の朝日新聞『きのう きょう』というコーナーに出されていたものみたいです」
「昭和34年? 新聞? どうして、見つけたのですか?」
「いえ、おっしゃっていたことを使って検索したら、出てきました」
自分の検索する力の無さに愕然としつつ、この司書さんの力に感動を覚えた。私は、彼女の顔をじっと見つめた。目元ぱっちりした本好きそうなかわいい顔だった。つい愛おしさまで感じた。さらに、私が探しているのが、書籍となったものからの引用でなく、新聞記事であることにも驚いた。
「この館に、その当時の縮刷版がなくて。県立に問い合わせたらあるそうですが、今、電気工事をやっていて、閉館中なんです。それが終わったら……」
たった数分間でそこまでのことを調べてくださったことに感謝した。
「いえ、ここまで見つかったら、これ以上は私が探します。朝日新聞社に問い合わせてもいいですから。私の思い出のエッセイなんです」
出してもらった残りの本を時間のある限り読もうと椅子に座っているとまた彼女がやってきた。
「あの。この文章ではないですか? あっ。すみません。再生紙を使ったので汚い印刷で」
図書館の使用済みの用紙裏に印刷されている高峰秀子のエッセイは、ある方のブログ記事の中にあった。それによると、昭和35年に東大入試に使われ、それ以来有名になった文章であるという。「有名になったと言っても、受験生にはだが」と但し書きがついていた。
私が出会ったのは、それから5年後ぐらいのことだ。きっと、現代国語の教師は、過去問からその文章を拾い、定期テストの問題に使ったのかとその教師の顔を思い浮かべ少しだけ興ざめもした。
その探し続けていた高峰秀子の文は、題が「黒」とあった。読み返すと、内容の記憶はその通りだった。
『喪服の女が美しく見えるのは定評があるけれど、しかし、潤んだ心と伏せたまぶたがあってこそ、はじめて黒の喪服がものを言うので、黒は気持ちで着る色だとつくづく思う』との文章でつながる黒について問いかける文は、その昔のテストを受けた教室をよみがえらせた。しかし、私の記憶のたよりだった「日本人女性は、黒の喪服が似合う」文章はどこにもない。一体、どういうことだろうか。私がその文章を私流に解釈したのか、どうかと思い巡らした。もしかしたら、設問文にそれがあったのかとも思った。
が、どうあれ。長年探していた文章にたどりつけたことは安堵した。しかし、記憶間違いの文章で、司書の彼女はよくぞたどりつけたものかと敬服した。たどりつける手順を知りたいという興味は、私をパソコンの前に向かわせた。
「女優 高峰秀子 エッセイ」や「高峰秀子 随筆 着物」これではダメだということは分かっていた。「高峰秀子 随筆 二十代」でもやったがダメだった。「女優 高峰秀子 エッセイ 日本人女性は、黒の喪服が似合う」でちょっと長く入れてみた。何のことはない簡単に出てきた。が、それは上記のブログ記事であり、これは次の段階で見つけてくれたことだ。司書さんが最初に調べた新聞記事の日時・内容がさっと分かるのは何だったのだろうと調べ進めた。しかし、それにはたどりつけなかった。
検索している間に面白い記事もあった。東大入試でこの文章に出会った人の思い出もあった。
『高峰秀子は黒の似合う女優といわれていたから、自慢が入っているのではないかしらと思ったりした。試験中にそんな余計なことにおもいをめぐらしたりしたせいか、不合格になってしまったけれど』
高峰秀子さんは「落ちたのは、私のせいなの?」と墓の下できっと笑っているだろう。
しかし、問題を解く以前に、当時の高校生たちに、少なくとも二人にだが、様々を思い巡らせる文章が書ける「女優 高峰秀子」の筆の力を感じる。
長年探していたのに、いとも簡単にたどりつけたという喜びと共に図書館の司書の力を大いに感じた出来事だった。
私は、この「黒」が自分のエッセイの原点だと思っている。こんな文章を書きたいと思う。
今から、およそ50年ほど前のことだった。高校2年生の現代国語のテストを受けていた私は、その出題文に目を奪われた。様々な問題文に出会ったが、こんなことは初めてだった。テストの設問を読むことを横に置いて、その文を何度も読んだ。問題文の後に、著者が書かれていて「女優 高峰秀子」とあった。「日本人女性は、黒の喪服が似合う」という内容であった。
それ以来、時々、「女優 高峰秀子」のエッセイを読んだが、どの本にも文は見つからなかった。彼女のエッセイには、その都度感慨深い感想を持ったが、テスト問題文のように強烈に引き込まれることはあまりなかった。時々、あの現代国語のテストのことを思い出し、その文に出会いたいと思っていた。
ふと思いついて、某図書館の窓口で司書さんに依頼してみた。手がかりは二つ。「女優 高峰秀子のエッセイ」と「日本人女性は、黒の喪服が似合う」という記憶の文である。
書庫にある20冊近い本を運んできてくれた。過去に私が読んだ記憶がある本をのぞいて、新しい本を一つ一つページをめくったが、やはりない。と
「あのう、探していらっしゃる文は、昭和34年9月8日の朝日新聞『きのう きょう』というコーナーに出されていたものみたいです」
「昭和34年? 新聞? どうして、見つけたのですか?」
「いえ、おっしゃっていたことを使って検索したら、出てきました」
自分の検索する力の無さに愕然としつつ、この司書さんの力に感動を覚えた。私は、彼女の顔をじっと見つめた。目元ぱっちりした本好きそうなかわいい顔だった。つい愛おしさまで感じた。さらに、私が探しているのが、書籍となったものからの引用でなく、新聞記事であることにも驚いた。
「この館に、その当時の縮刷版がなくて。県立に問い合わせたらあるそうですが、今、電気工事をやっていて、閉館中なんです。それが終わったら……」
たった数分間でそこまでのことを調べてくださったことに感謝した。
「いえ、ここまで見つかったら、これ以上は私が探します。朝日新聞社に問い合わせてもいいですから。私の思い出のエッセイなんです」
出してもらった残りの本を時間のある限り読もうと椅子に座っているとまた彼女がやってきた。
「あの。この文章ではないですか? あっ。すみません。再生紙を使ったので汚い印刷で」
図書館の使用済みの用紙裏に印刷されている高峰秀子のエッセイは、ある方のブログ記事の中にあった。それによると、昭和35年に東大入試に使われ、それ以来有名になった文章であるという。「有名になったと言っても、受験生にはだが」と但し書きがついていた。
私が出会ったのは、それから5年後ぐらいのことだ。きっと、現代国語の教師は、過去問からその文章を拾い、定期テストの問題に使ったのかとその教師の顔を思い浮かべ少しだけ興ざめもした。
その探し続けていた高峰秀子の文は、題が「黒」とあった。読み返すと、内容の記憶はその通りだった。
『喪服の女が美しく見えるのは定評があるけれど、しかし、潤んだ心と伏せたまぶたがあってこそ、はじめて黒の喪服がものを言うので、黒は気持ちで着る色だとつくづく思う』との文章でつながる黒について問いかける文は、その昔のテストを受けた教室をよみがえらせた。しかし、私の記憶のたよりだった「日本人女性は、黒の喪服が似合う」文章はどこにもない。一体、どういうことだろうか。私がその文章を私流に解釈したのか、どうかと思い巡らした。もしかしたら、設問文にそれがあったのかとも思った。
が、どうあれ。長年探していた文章にたどりつけたことは安堵した。しかし、記憶間違いの文章で、司書の彼女はよくぞたどりつけたものかと敬服した。たどりつける手順を知りたいという興味は、私をパソコンの前に向かわせた。
「女優 高峰秀子 エッセイ」や「高峰秀子 随筆 着物」これではダメだということは分かっていた。「高峰秀子 随筆 二十代」でもやったがダメだった。「女優 高峰秀子 エッセイ 日本人女性は、黒の喪服が似合う」でちょっと長く入れてみた。何のことはない簡単に出てきた。が、それは上記のブログ記事であり、これは次の段階で見つけてくれたことだ。司書さんが最初に調べた新聞記事の日時・内容がさっと分かるのは何だったのだろうと調べ進めた。しかし、それにはたどりつけなかった。
検索している間に面白い記事もあった。東大入試でこの文章に出会った人の思い出もあった。
『高峰秀子は黒の似合う女優といわれていたから、自慢が入っているのではないかしらと思ったりした。試験中にそんな余計なことにおもいをめぐらしたりしたせいか、不合格になってしまったけれど』
高峰秀子さんは「落ちたのは、私のせいなの?」と墓の下できっと笑っているだろう。
しかし、問題を解く以前に、当時の高校生たちに、少なくとも二人にだが、様々を思い巡らせる文章が書ける「女優 高峰秀子」の筆の力を感じる。
長年探していたのに、いとも簡単にたどりつけたという喜びと共に図書館の司書の力を大いに感じた出来事だった。
私は、この「黒」が自分のエッセイの原点だと思っている。こんな文章を書きたいと思う。