図書館と縁遠い人の話
大津市の図書館利用者の最近の統計を見ると、滋賀県下の他市に比べて貸出冊数が低迷している。資料費や職制の問題も大きいが、図書館を身近に感じていない人がまだまだ沢山いることを日常の生活の中で感じている。
4月と言えば桜、先日、その桜見物に(毎年恒例行事となっているが)鴨川に出かけた。今年の枝垂れ桜は見事で花見日和であった。同行した者は大半が男性。元上司のAさんは仲間内では博識者。道端の歌碑をみては作者の説明や他の歌も詠み、「下の句は何?」といきなり質問するのである。万葉集は酒の席でも間違ったことが無い程に頭に入っている。宴会になるといろんな質問が出るが、何故か、いつも私に質問される。「ニューヨークの9・11でどの国が一番多く死者を出したか」「第2次世界大戦で一番多く戦死者を出した国はどこで、何人か」「では、日本の戦死者は何人か」こうした話の後で必ず出てくるのが、カフカの『変身』である。これは、主人公が変身した「虫」の姿が文中に殆ど明らかにされないので、その作品から色々想像を巡らしながら語り合うのである。彼の質問パターンが段々わかってくると、私も先手を打って図書館で色々調べるのだが、どうも、彼は今まで図書館を利用するというのが全く頭になさそうに思える。必要な本は購入と決めていて、いつも持って歩くリュックサックの中には好きな時に読む本が2冊入っている。
その内の一冊が退職時に私が贈った『日本唱歌集』だ。「鉄道唱歌」はこれには66番までしか載っていないが、彼はこれでは済まさず他にもこれにまつわる歌集をこっそり調べて機会ある度に披露するのである。この場合も図書館ではなく本屋を利用するようだ。また、古書店にもよく行くそうだ。
そこで、図書館ならその位の本はあると思うわけだが「何故行かないのか」と聞いてみると、面倒くさい、自分の本だといつでも読めるし、大切な箇所は線も引ける。
と、こういった返事が返ってきた。なるほど。彼にとっては図書館の存在は分かっているが自分にとって便利さを優先させているんだなぁと理解したのである。
さて、図書館の魅力とは一体何であろう。
利用してみて初めてその人にとっては生活から切り離せないものとなるかも知れない。しかし、利用しないからと言って、図書館の存在を否定しているわけではなく、むしろ彼のような者こそ図書館の価値をよく解っているような気がしてならない。
4月と言えば桜、先日、その桜見物に(毎年恒例行事となっているが)鴨川に出かけた。今年の枝垂れ桜は見事で花見日和であった。同行した者は大半が男性。元上司のAさんは仲間内では博識者。道端の歌碑をみては作者の説明や他の歌も詠み、「下の句は何?」といきなり質問するのである。万葉集は酒の席でも間違ったことが無い程に頭に入っている。宴会になるといろんな質問が出るが、何故か、いつも私に質問される。「ニューヨークの9・11でどの国が一番多く死者を出したか」「第2次世界大戦で一番多く戦死者を出した国はどこで、何人か」「では、日本の戦死者は何人か」こうした話の後で必ず出てくるのが、カフカの『変身』である。これは、主人公が変身した「虫」の姿が文中に殆ど明らかにされないので、その作品から色々想像を巡らしながら語り合うのである。彼の質問パターンが段々わかってくると、私も先手を打って図書館で色々調べるのだが、どうも、彼は今まで図書館を利用するというのが全く頭になさそうに思える。必要な本は購入と決めていて、いつも持って歩くリュックサックの中には好きな時に読む本が2冊入っている。
その内の一冊が退職時に私が贈った『日本唱歌集』だ。「鉄道唱歌」はこれには66番までしか載っていないが、彼はこれでは済まさず他にもこれにまつわる歌集をこっそり調べて機会ある度に披露するのである。この場合も図書館ではなく本屋を利用するようだ。また、古書店にもよく行くそうだ。
そこで、図書館ならその位の本はあると思うわけだが「何故行かないのか」と聞いてみると、面倒くさい、自分の本だといつでも読めるし、大切な箇所は線も引ける。
と、こういった返事が返ってきた。なるほど。彼にとっては図書館の存在は分かっているが自分にとって便利さを優先させているんだなぁと理解したのである。
さて、図書館の魅力とは一体何であろう。
利用してみて初めてその人にとっては生活から切り離せないものとなるかも知れない。しかし、利用しないからと言って、図書館の存在を否定しているわけではなく、むしろ彼のような者こそ図書館の価値をよく解っているような気がしてならない。