私と図書館、そしてお礼の言葉
「本は自分で買うものだ」という意識が強かった私は、図書館の役割や意義について考えることは殆どなかった。
「図書館の悪口は言わない、図書館に要求をしない」態度を前提に図書館について考えるという会の趣旨にある意味感動し、この欄にコラムを書き始めた。しかし図書館については何も知らないことに気が付き、ちょっと図書館について考えてみよう、勉強しようと思い、まず最初に司書さんに選んでもらった大学教科書「図書館概論」を一冊だけだが丁寧に読み通した。
また、その後には「未来につながるヒストリー」との副題を持つ、オルタナティブ図書館史研究会「公共図書館の冒険」(みすず書房)で公共図書館が歴史的にどのように進展してきたか、と同時に情報環境が過去とは異なる現在や未来において果たすべき役割はどのようなものと考えられているのか、等につき具体的に勉強することができた。
公共図書館について多くの問題点を指摘している薬師寺仁志、薬師寺はるみ両氏の共著になる「公共図書館が消滅する日」( 2020 年5月、牧野出版)は発行後直ちに読んだ。そして、この本で指摘されている事実の幾つかについては「図書館について考える場合には避けて通れない」問題であると、素人考えであるが、思った。ただ、両氏が指摘されている問題を現在の図書館界(同書ではこの言葉が使われていた)ではどのように評価されているのか、どのように考えられているかについては、残念ながら私は知らない。
司書さんに幾つかの情報調査を助けて貰ったり、調査自体をお願いしたりしたこともあり、その際に図書館の選書についての話を聞いたこともある。図書館のバックヤードの見学会にも参加した。どのような方がどのように図書館を利用しているのか、について観察というには程遠いが少し気を付けて眺めたこともあった。
図書館の歴史やその意義について書かれたエッセイや図書館自体さらにはそこで働く司書を主人公とした小説も何冊かは読んだ。
これらが図書館に関する私の知識の全てである。
広く言われていることだが「現在の公共図書館は、基本的に相互に矛盾する役割を求められ」ている。その結果として公共図書館の理想像あるいは期待されることや進むべき方向についても多種多様な考え方、見方がなされ、それに従って意見も異なっているように思われる。更に、これらは時代によって変わって行く、進歩して行くのに相違ない。
「図書館の悪口は言わない、図書館に要求をしない」態度を前提にして、公共図書館のあり方について真正面から向き合っておられる「図書館を考える大津市民の会」の活動が大きくなること、そしてそれが新しい図書館像を造る大きなきっかけになることを期待し、信じつつ、最後のコラムとさせていただきます。
以下は感謝とお礼の言葉です。
「図書館とわたし」「図書館とわたし 本とわたし」「図書館とわたし あの本 この本」というテーマで駄文をこの欄に多数掲載して戴きました。今回の文章が最初から数えて187番目になります。この数字に格別の意味があるとは思いませんが、私自身が若干マンネリを感じていることもあり、KEIとしてはこれを最後とすることといたします。
このような機会を与えて下さったことと拙文をお読みいただいたことにつき感謝とともに厚く厚くお礼申し上げます。最後に三好達治の処女詩集「測量船」の巻頭の「春の岬」でお別れ致します。ありがとうございました。
春の岬旅のをはりの鴎どり 浮きつつ遠くなりにけるかも
「図書館の悪口は言わない、図書館に要求をしない」態度を前提に図書館について考えるという会の趣旨にある意味感動し、この欄にコラムを書き始めた。しかし図書館については何も知らないことに気が付き、ちょっと図書館について考えてみよう、勉強しようと思い、まず最初に司書さんに選んでもらった大学教科書「図書館概論」を一冊だけだが丁寧に読み通した。
また、その後には「未来につながるヒストリー」との副題を持つ、オルタナティブ図書館史研究会「公共図書館の冒険」(みすず書房)で公共図書館が歴史的にどのように進展してきたか、と同時に情報環境が過去とは異なる現在や未来において果たすべき役割はどのようなものと考えられているのか、等につき具体的に勉強することができた。
公共図書館について多くの問題点を指摘している薬師寺仁志、薬師寺はるみ両氏の共著になる「公共図書館が消滅する日」( 2020 年5月、牧野出版)は発行後直ちに読んだ。そして、この本で指摘されている事実の幾つかについては「図書館について考える場合には避けて通れない」問題であると、素人考えであるが、思った。ただ、両氏が指摘されている問題を現在の図書館界(同書ではこの言葉が使われていた)ではどのように評価されているのか、どのように考えられているかについては、残念ながら私は知らない。
司書さんに幾つかの情報調査を助けて貰ったり、調査自体をお願いしたりしたこともあり、その際に図書館の選書についての話を聞いたこともある。図書館のバックヤードの見学会にも参加した。どのような方がどのように図書館を利用しているのか、について観察というには程遠いが少し気を付けて眺めたこともあった。
図書館の歴史やその意義について書かれたエッセイや図書館自体さらにはそこで働く司書を主人公とした小説も何冊かは読んだ。
これらが図書館に関する私の知識の全てである。
広く言われていることだが「現在の公共図書館は、基本的に相互に矛盾する役割を求められ」ている。その結果として公共図書館の理想像あるいは期待されることや進むべき方向についても多種多様な考え方、見方がなされ、それに従って意見も異なっているように思われる。更に、これらは時代によって変わって行く、進歩して行くのに相違ない。
「図書館の悪口は言わない、図書館に要求をしない」態度を前提にして、公共図書館のあり方について真正面から向き合っておられる「図書館を考える大津市民の会」の活動が大きくなること、そしてそれが新しい図書館像を造る大きなきっかけになることを期待し、信じつつ、最後のコラムとさせていただきます。
以下は感謝とお礼の言葉です。
「図書館とわたし」「図書館とわたし 本とわたし」「図書館とわたし あの本 この本」というテーマで駄文をこの欄に多数掲載して戴きました。今回の文章が最初から数えて187番目になります。この数字に格別の意味があるとは思いませんが、私自身が若干マンネリを感じていることもあり、KEIとしてはこれを最後とすることといたします。
このような機会を与えて下さったことと拙文をお読みいただいたことにつき感謝とともに厚く厚くお礼申し上げます。最後に三好達治の処女詩集「測量船」の巻頭の「春の岬」でお別れ致します。ありがとうございました。
春の岬旅のをはりの鴎どり 浮きつつ遠くなりにけるかも