村上華岳の裸婦図

村上華岳の裸婦図

KEI(2022年7月27日)

 全身に薄物を纏い、雲かと見紛う岩あるいは石段に腰を預けている。腰の傍らの水盤には蓮の花が浮かんでいる。この女性のお顔を含めて全体の感じは同じ作者の観音像に近い。というよりも観音像そのものである。作者が「生身の人間から仏の世界へと移行して行く接点にある作品」と言われている。
 この村上華岳の裸婦図に初めてお目にかかったのは、30代前半に訪れた山種美術館(当時は東京・日本橋兜町にあった)だった。出席した講習会の昼食休憩の時間を割いて直ぐ近くにあった美術館を訪れたのだった。対面するやいなや、すうーっとそのまま引き込まれそうになったのを覚えている。お顔だけでなく体全体としての清浄さに惹きつけられた。
 私は、その少し前の新聞の文化欄だったか日曜日の特集記事だったかで、この絵が人助けをしたことを読んでいた。そこには人生のあらゆる辛酸を舐め、後は自殺するしかないと思い定めた薄幸の売春婦が最後にこの絵を見て自殺を思い留まった、という逸話が書かれていた。(付記)
 その後、東京での単身赴任の休日の美術館巡りでこの裸婦図には何度もお目にかかっているが、2005年5月の京都国立近代美術館で開催された「村上華岳展」でも久し振りにお目にかかりかつてと同じような感動を覚えた。
 若かりし頃に買った、あまり印刷のよくない画集「世界の美術」(座右宝刊行会編、全30巻)と展覧会で求めた数冊の図録以外は画集らしきものはほとんど保有していない私であるが、その私が唯一持っており、手近においているのがコンパクトな新潮日本美術文庫の39巻村上華岳である。何度もこの絵を見たのだろう、現在では該当頁が直ぐに開くような状態になっている。
 そして展覧会で買った裸婦図のポストカードは写真立に入れて、書斎の書棚に飾っている。
 余談であるが、この絵は2014年に重要文化財に指定されている。また近代美術シリーズの一環として1979年に発行された50円切手の図柄としても採用されている。
(付記)
 記憶を確かめるためにインターネット検索を始め幾つかの手段を講じたが、目的を達することが出来ず、図書館の司書さんの手を煩わせ40数年前の新聞記事に辿り着いた。記事には私の記憶通りの内容が書かれていた。司書さんは親切にも大阪府立図書館所蔵の書籍「美術と私たちの近・現代」(マニュアルハウス、吉村良夫)の冒頭にも、事実関係は若干異なるが、同じ趣旨の文章があるのを見付けて下さった。