花と「うた」

花と「うた」

KEI(2022年6月29日)

 元京都大学教授・花卉園芸学者の故塚本洋太郎さんに「私の花美術館」(朝日選書)という園芸としての花とそれを題材にした絵画についての一冊がある。かきつばたでは尾形光琳の「燕子花図」、すいれんについてはモネの「水連」、ひまわりはゴッホの「ひまわり」といった具合に絵画と園芸学の観点から諸々が楽しく書かれている。
 ボルゲーゼ美術館所蔵ボッティチェリの「マドンナと歌う三天使」の一人の天使の頭に巻かれているのがジャスミンだとか、クレマチス(テッセン)を宮川長春などの浮世絵画家が美人画の着物の文様として描いている一方モネも白花大輪のクレマチスを描いているといった興味深い話もある。
 塚本先生は研究対象である園芸の花を絵画の中に探されたが、ここでは先生の顰(ひそみ)に倣って好きな花とそれにまつわる「うた」を思い出すままに取り上げた。読み直してみて、夏の花が多いことに気がついた、というよりほとんどが夏の花である。真夏に生まれたことと関係があるのだろうか。
【タチアオイ】
 好きな花である。暑い日差しを浴びて土手やちょっとした空地の隅、それに農家の庭先に咲いている。背丈ほどにすっくと伸び、下から上へと順に咲いてゆく鮮やかな赤やピンクの花は夏の訪れを感じさせる。黄色や白の花もあるが、花の外延が少しピンクがかった赤の花が一番好ましい。
 花言葉が、大きな望み、大志であるということを知ったのは、60歳を過ぎてからであった。
 毎年6月17日に相国寺で催される儀式「観音懴法(かんのんせんぽう)」に用いられる花がタチアオイであると知ったのは、平成19年5月に相国寺承天閣美術館で開催された伊藤若冲展に出品されていた「胡銅蟠龍文三具足(こどうばんりゅうもんみつぐそく)」の解説による。
 後水尾院が寄進された花瓶に生ける花として、懴法の行われる初夏に咲き、ある程度の高さがあり、飾られている若冲の「文殊菩薩像」や「普賢菩薩像」の色に劣らない豪華な花であるタチアオイが選ばれたという。
 万葉集巻16で「梨棗(なしなつめ)、黍(きみ)に粟(あは)嗣(つ)ぎ、延(は)ふ田葛(くず)の、後も逢(あ)はむと葵(あふひ)花咲く(作者不詳)」と歌われた葵は、このタチアオイなのだろうか。
【沙羅】
 芥川龍之介は、私にとっては小説家というよりも詩人である。高校生の頃、吉田精一著「日本近代詩鑑賞」(明治・大正・昭和編がある)で覚えた詩に「相聞」がある。「恋に恋した」若かりし頃の思い出とともにある。
    また立ちかへる水無月の
    歎きを誰にかたるべき
    沙羅のみづ枝に花さけば
    かなしき人の目ぞ見ゆる
 沙羅とは日本では夏椿のことであると思っていたが、そうでないという説もあるとか。朝咲いて夕方には散ってしまうという清楚だが儚い花である。釈迦が入滅したとき、臥床の四辺にあったという。敬虔な仏教徒が多いスリランカのペラデンヤ植物園で沙羅の木だと教えられたホウガンノキには淡いオレンジ色の花が咲いていた。
【ハイビスカス】
 春山行夫著「花の文化史」(中央公論社)を眺めていたら、佛桑花(ぶっそうげ)という花が目に付いた。ハイビスカスのことである。
 横光利一は、シンガポールで「水牛の 車入りけり 佛桑花」と詠んでいる。真っ赤なハイビスカスは、烈日の直射と濃い緑と赤土によく似合う。マレーシアの国花でもある。
 よく見かけるのは一重咲きであるが、八重咲きもあり、色も白、黄色、絞り等々園芸的に作られたものも多い。花博記念公園内にある「咲くやこの花館」では多くの種類が妍を競っており、夏の植物園訪問の楽しみの一つである。
【ブーゲンビリア】
 40年ほど前、東京に住んでいた頃のこと。園芸店で花の終わったブーゲンビリアをとても安く売っていた。翌年の花を期待して買って帰ったが、その後十数年間は毎年秋に真っ赤な花を楽しんだ。厳密には真っ赤なのは花ではなく、包である。包から突起している花のようなものは萼(がく)である。ブーゲンビリアには花びらはない。
 わが家では、鉢植えで楽しんだが、子会社の法務問題を解決するためにインドネシアのスラバヤへ出張したときには、ホテルの庭に真っ赤な花を満開にした枝回り数メートルという大きな木を見つけた。南十字星の記憶とともにある。
 この花を詠んだ短歌として知られているのには、俵 万智の「ブーゲンビリアのブラウスを着て会いに行く花束のように抱かれてみたく」がある。
【サルスベリ】
 高浜虚子は「炎天の 地上花あり 百日紅」と詠んだ。
 中国原産の落葉樹である。花の色は赤が一般的であるが白やピンクもある。幹の肥大成長に伴って古い樹皮のコルク層が剥がれ落ちてツルツルになり、猿でさえすべるということから付けられたという名の由来はよく知られている。事実、手で触って見るとツルツルしている。
 また、漢字で「百日紅」と書かれるのは、約100日間咲き続けることからきているという。正しくは一度咲き散った枝先から、また芽が出て花をつけるので、遠目には咲き続けているように見えるのである。千代女は「散れば咲き 散れば咲きして 百日紅」と正しく詠っている。
 庭木として見ることが多いが、道路わきに植えられているのを見ることもある。サルスベリの赤い花を見ると、友人が大学受験を控えた年に、植木屋が庭にこの木を植えたのをとても気にされていたその母堂を思い出す。そっと私に愚痴をこぼされたが、今になればこの母堂の気持ちがよく分かる。友人もその母堂も今は亡き人である。