「地図の博物図鑑」

「地図の博物図鑑」

KEI(2021年11月24日)

 実に面白い。眺めていて飽きることがない。「地図の博物図鑑」(日経ジオグラフィック社、ベッツイ・メイソン、グレッグ・ミラー著、藤井留美訳)は、縦28㎝、横23.3㎝、重さ1.35㎏であり、その形や重量に見合う知識や楽しみを提供してくれた。
 はしがきには「脳は地図のためにある。視覚的な生き物である人間がものごとを理解するには、目に見えるようにすることが重要だ」と書かれている。脳が地図のためにあるかどうかは知らないが、地図を読み解くためには脳が必要だとは思う。つい先日、南北が逆になっている地図をそのままの形で理解するのに難渋し、最後には紙面の天地を逆にしたことに自らの脳の力の衰えを感じたのを思い出した。
 ロンドンのタクシーの運転手は営業免許を取得するために、ロンドン中心部から半径6マイル(約9.7㎞)にある道路・建物・駅・公園などの公共施設に関するあらゆる知識を習得する必要があるとされているが、このために使われている地図、通称「エー・トゥ・ゼット」も掲載されている。この範囲にある道路の数は約2万5000だそうだが、一方通行の道もあり、全て覚えるのは大変だろう。図鑑に掲載されている地図を見ながら、彼の国のドライバーの知識に感服した。
 とは言うものの優れたカーナビが存在する現在においても同じような試験が行われているか否かはちょっと気になる。
 次に目に止まったのは、1854年に自宅近くで発生したコレラの流行を記録した地図である。
 若き医師ジョン・スノウは死者が出た家を一軒ずつ地図に記入し、ある井戸ポンプの周辺に被害者が集中していることを見付け出した。これに基づく聞き取り調査の結果、全ての例で井戸ポンプとの関連が確認された。コレラは水が媒介すると確信したスノウは井戸ポンプの取っ手をはずさせた。この逸話は伝説となり、スノウの作った地図は画期的だと評価されたという。
 現実にスノウの作った地図を見ると実に細かく丁寧な実態調査がなされていることが伺える。現在の日本で新型コロナウイルス感染に関して緊急事態宣言や蔓延防止等重点措置のもとになっているデータも基本的には実態調査に基づいている。
 日本の地図についての言及もある。これも地図の範疇に入るのだろうか、東海道五十三次を描いた巻物である。そこでは、米国の空間デザイン研究を行っている建築家ジリー・トラガヌーの「旅案内と図版入り旅物語を兼ねたようなものです」との言葉を紹介している。確かに彼の指摘するとおり、町や店の状況、宿場間の距離といった実用情報に止まらず街道沿いの場所に纏わる物語や詩歌、逸話まで盛り込まれている場合もある。しかし、日本人たる私にはこれが地図だとは理解できない。
 その他、アムステルダムの移り変わりを建築年月別に色分けされた建築物で示した地図、データ視覚化の先駆者が作った欧州の綿花輸入実績を可視化した地図、人工衛星からのデータに基づき作られた夜間照明状況を示す地図などなど興味深い地図が満載である。