ちょっといい話
何かしなければならない、時間を無駄にしてはいけない、と思いつつ何をする気力も無くだらだらと時間を潰すような日が続くことがある。そのような時には、読みやすい短編集やエッセイ集を手に取るに限る。それがきっちりとした文章、凛とした文章で書かれておれば言うことはない。
つい最近のこのような状態の時に手に取ったのが山本一力氏の「旅の作法、人生の極意」(PHP研究所)であった。初出欄によると業界団体と大手企業の隔月刊誌に書かれたものを集めたもののようだ。
著者の山本一力氏については、人間へのあたたかなまなざし、情緒豊かな作風に定評がある時代小説の名手である、という以外には知らない。ただ、どこで読んだか「先に進みたければ、まず目の前のことを片付けることが大事」、「時代小説を選んだのは何より言葉がきれいだからだよ」という氏の言葉は覚えている。
この本では、氏は切れのよい文章で今までの経験から得た諸々をさりげなく披露されている。
かつて日参した町場の中華料理店の元店主が、見事に代替わりを成し遂げた息子について正味で喜ぶ姿に胸を打たれるとともに、注文に対し調理場の誰もが「かしこまりました」という返事に味も信念も継承していると寿ぐ。そう言えばこの言葉を聞かなくなって久しい。
娘2人と旅をした友人一家が新幹線で祖母の家から一人で帰る小さな女の子について下車駅を教えてやってくれと頼まれた話では、上の娘の実に適切な相手に寄り添った行動を具体的に書く。そして最後に「子から教わる親は至福だ」と述べる。
ジョン・マン(中浜万次郎)の生涯を描く歴史大河小説の取材でアメリカ各地をレンタカーを駆使して訪れ、さまざまな情報を得る話では作家の取材についての努力を知った。別の稿では「その地を踏みしめてこそ、実感できることは山ほどある」と書いている。
そして最後に書かれている14歳で始めた文通相手である米国人女性と50年目に初めてミズーリ州カンザスシティのルート66沿いの場所で逢う話はほのぼのと心温まると同時にそれぞれの人物の誠実さを教えてくれた。現在では精神科医となっている文通相手は受け取ったエアメールと贈られた品々を全て鍵付きの皮バッグに保存していたという。
隔月刊誌に書かれた文章を大雑把な分類で纏めたものであり、一貫性に乏しいが多くが5頁前後の文章であるため、どこから読んでも途中でやめても問題がない。そしてところどころに氏の意見、主張が声高ではない落ち着いた声ではっきりと書かれている。
生誕地の集いで、90歳が目前の人生の先達の「昨日を振り返るのも、明日を思うのも、今の私には意味がない。今日をしっかりと生きること。これを肝に銘じている」を書き、自らについて「先を見る目を凝らすあまりに、いまを踏みしめる足元を見詰める目が甘くなってはいないか」と反省する。
現在の生活、気持ちに助走をつけてくれた一冊だった。
つい最近のこのような状態の時に手に取ったのが山本一力氏の「旅の作法、人生の極意」(PHP研究所)であった。初出欄によると業界団体と大手企業の隔月刊誌に書かれたものを集めたもののようだ。
著者の山本一力氏については、人間へのあたたかなまなざし、情緒豊かな作風に定評がある時代小説の名手である、という以外には知らない。ただ、どこで読んだか「先に進みたければ、まず目の前のことを片付けることが大事」、「時代小説を選んだのは何より言葉がきれいだからだよ」という氏の言葉は覚えている。
この本では、氏は切れのよい文章で今までの経験から得た諸々をさりげなく披露されている。
かつて日参した町場の中華料理店の元店主が、見事に代替わりを成し遂げた息子について正味で喜ぶ姿に胸を打たれるとともに、注文に対し調理場の誰もが「かしこまりました」という返事に味も信念も継承していると寿ぐ。そう言えばこの言葉を聞かなくなって久しい。
娘2人と旅をした友人一家が新幹線で祖母の家から一人で帰る小さな女の子について下車駅を教えてやってくれと頼まれた話では、上の娘の実に適切な相手に寄り添った行動を具体的に書く。そして最後に「子から教わる親は至福だ」と述べる。
ジョン・マン(中浜万次郎)の生涯を描く歴史大河小説の取材でアメリカ各地をレンタカーを駆使して訪れ、さまざまな情報を得る話では作家の取材についての努力を知った。別の稿では「その地を踏みしめてこそ、実感できることは山ほどある」と書いている。
そして最後に書かれている14歳で始めた文通相手である米国人女性と50年目に初めてミズーリ州カンザスシティのルート66沿いの場所で逢う話はほのぼのと心温まると同時にそれぞれの人物の誠実さを教えてくれた。現在では精神科医となっている文通相手は受け取ったエアメールと贈られた品々を全て鍵付きの皮バッグに保存していたという。
隔月刊誌に書かれた文章を大雑把な分類で纏めたものであり、一貫性に乏しいが多くが5頁前後の文章であるため、どこから読んでも途中でやめても問題がない。そしてところどころに氏の意見、主張が声高ではない落ち着いた声ではっきりと書かれている。
生誕地の集いで、90歳が目前の人生の先達の「昨日を振り返るのも、明日を思うのも、今の私には意味がない。今日をしっかりと生きること。これを肝に銘じている」を書き、自らについて「先を見る目を凝らすあまりに、いまを踏みしめる足元を見詰める目が甘くなってはいないか」と反省する。
現在の生活、気持ちに助走をつけてくれた一冊だった。