“風”こと百目鬼恭三郎さん
かつて百目鬼恭三郎さんの名を知ったときには、“どうめききょうざぶろう”と正しく読めなかった。書庫には全てではないが氏の著作が何冊かある。その中の何冊かは東京に単身赴任しているときに買ったのだろう。ある本には栞代わりに大谷美術館と旧古川庭園の入場券の半券が挟まれていた。
懐かしさを覚えその内の一冊「風の文庫談義」(文藝春秋)を手に取り、パラパラと頁をめくっていると最後の頁に「著者を惜しむ」と題した丸谷才一氏の文章があった。丸谷氏のこの追悼文はよく覚えている。
追悼の文章は、百目鬼さんとの最後の座談会に触れ、その後知り合った経緯と人柄を簡単に述べ、氏のジャーナリスト、批評家、文人としての活動をそれぞれ10行ほどで説明する。
最後に「あとに残るのは、あなたの優しい、独特の人柄と愉快な談話です。その思い出をなつかしんでいるうちに、またいつか、お会ひすることに、なるでせう、どこかの町の腰掛けの料理屋で。そこでなら、宿痾(しゅくあ)のいえた君と共に杯をあげることができるわけだ」で締め括る。この最後の「腰掛けの料理屋で宿痾のいえた君と杯をあげる」という文言が当時とても印象深かった。
“風”というのは百目鬼さんが1976年から1983年まで「週刊文春」誌上で書評を連載した際のペンネームである。
この書評については、谷沢永一さんが「あぶくだま遊戯」(文藝春秋)で「『風』と名乗る覆面剣士が、ほぼ二年前に忽然と登場。だいたい一千字以内の枠のなかで、見せかけの名著の切り捨て御免。世間のいわゆる書評屋連中が、いかに空虚なお世辞ばかり書いているか、実例に照らして有無を言わせず、醒めた目でオトナの批評を展開している」と述べるに止まらず、論拠の具体性、当該一冊だけでなく対照される書物についても取り上げていることにつき絶賛している。
当時は、この“風”が誰なのかが大いに詮索されたそうだ。
「風の文庫談義」では精選された63冊の文庫本を取り上げ、その内容を説明し具体的に批評する。
その筆頭には犬養孝著「万葉の旅」(全3冊)(現代教養文庫)が取り上げられ、芭蕉の「おくのほそ道」と対比しつつ、その優れた点を具体的に述べている。私も長年愛読した書物であるだけにある意味とても嬉しく思った記憶がある。他に大学者が一般読者向けに分かり易く書いた「古代国語の音韻について」(橋本進吉、岩波文庫)や森鴎外の次女小堀杏奴が書いた「晩年の父」(岩波文庫)などが取り上げられている。
「読書人読むべし」(新潮社)では「ノリとハサミで作りあげたような読書案内」や「自分の読書遍歴を語ったりあるいは近時読んだ本についての感想を述べる、といった態の本」ではなく「私自身の本探しの体験をもとにして」作った読書案内であることを述べる。
以上が百目鬼恭三郎さんの本に纏わる私の思い出である。
懐かしさを覚えその内の一冊「風の文庫談義」(文藝春秋)を手に取り、パラパラと頁をめくっていると最後の頁に「著者を惜しむ」と題した丸谷才一氏の文章があった。丸谷氏のこの追悼文はよく覚えている。
追悼の文章は、百目鬼さんとの最後の座談会に触れ、その後知り合った経緯と人柄を簡単に述べ、氏のジャーナリスト、批評家、文人としての活動をそれぞれ10行ほどで説明する。
最後に「あとに残るのは、あなたの優しい、独特の人柄と愉快な談話です。その思い出をなつかしんでいるうちに、またいつか、お会ひすることに、なるでせう、どこかの町の腰掛けの料理屋で。そこでなら、宿痾(しゅくあ)のいえた君と共に杯をあげることができるわけだ」で締め括る。この最後の「腰掛けの料理屋で宿痾のいえた君と杯をあげる」という文言が当時とても印象深かった。
“風”というのは百目鬼さんが1976年から1983年まで「週刊文春」誌上で書評を連載した際のペンネームである。
この書評については、谷沢永一さんが「あぶくだま遊戯」(文藝春秋)で「『風』と名乗る覆面剣士が、ほぼ二年前に忽然と登場。だいたい一千字以内の枠のなかで、見せかけの名著の切り捨て御免。世間のいわゆる書評屋連中が、いかに空虚なお世辞ばかり書いているか、実例に照らして有無を言わせず、醒めた目でオトナの批評を展開している」と述べるに止まらず、論拠の具体性、当該一冊だけでなく対照される書物についても取り上げていることにつき絶賛している。
当時は、この“風”が誰なのかが大いに詮索されたそうだ。
「風の文庫談義」では精選された63冊の文庫本を取り上げ、その内容を説明し具体的に批評する。
その筆頭には犬養孝著「万葉の旅」(全3冊)(現代教養文庫)が取り上げられ、芭蕉の「おくのほそ道」と対比しつつ、その優れた点を具体的に述べている。私も長年愛読した書物であるだけにある意味とても嬉しく思った記憶がある。他に大学者が一般読者向けに分かり易く書いた「古代国語の音韻について」(橋本進吉、岩波文庫)や森鴎外の次女小堀杏奴が書いた「晩年の父」(岩波文庫)などが取り上げられている。
「読書人読むべし」(新潮社)では「ノリとハサミで作りあげたような読書案内」や「自分の読書遍歴を語ったりあるいは近時読んだ本についての感想を述べる、といった態の本」ではなく「私自身の本探しの体験をもとにして」作った読書案内であることを述べる。
以上が百目鬼恭三郎さんの本に纏わる私の思い出である。