歩いた、よかった、ふれあった。

歩いた、よかった、ふれあった。

KEI(2021年9月15日)

 ある程度の年齢になり来し方を振り返る余裕が出てきたとき、人は自らの人生を纏めたくなるのだろうか。そしてそれを子供たちや孫たちに読んでもらいたくなるのだろうか。
 高齢化社会が関係していると思っているが、新聞の広告欄に自分史の自費出版を勧める広告が目に付くようになった。また、これら広告を念頭に置いたのか否か、そしてどのような記事内容かは全く不明だが、週刊誌の特集記事の見出しに「自分史は書くべきではない」というのがあるのを見つけたこともある。
 広い意味では自分史の一部と言っていいのだろうか、自らが経験したある特定の事柄を綴った本もある。
 16年かけて夫婦で東海自然歩道を歩き通した経験を纏めた「歩いた、よかった、ふれあった。」(田中正八郎、田中はるみ、山と渓谷社MY BOOKS)はこの範疇に含まれる本である。
「山らしい山に登ったこともなく、休日に近所を散歩する程度の中年夫婦」が、東海自然歩道を16年かけて歩き「私たち夫婦は本当に何でも話し合うようになった…三重県に近付くにつれて妻は『もう定年離婚はしなくて済みそう』と、にっこりした」で終わるこの一冊は、ある意味で著者2人の自分たち史である。
 現在と異なり東海自然歩道1,343km(当時、現在は1,697km)に関する案内書は少なく、情報の入手方法も限られた中にあって、夫婦がいろんな方法で情報を集めながら、時間をかけてゆっくりと歩き通した全ての記録を綴ったものである。
 自宅から出発し自宅に帰る2泊3日あるいは3泊4日というスケジュールで、33回に分けて、東京都八王子市高尾の「明治の森高尾国定公園」から大阪府箕面市箕面の「明治の森箕面国定公園」に至る東海自然歩道を踏破されたのであるが、その間の記録が日記形式で、途中での人との触れ合いやそのことにより得られた情報も含めて実務的かつ詳細に書かれている。
 この本を読み始めてチラッと「私たちも…」と思ったが、「急角度でどこまでも高い壁のような山肌が立ちはだかる。そこを細々と続く道を見上げたとき『もうダメ、歩けない』と道に座り込んでしまう。今来た道を戻るのも地獄、帰るに帰れず、進むに進めず…窮地に陥る」の記述を読んだときには私の単純な思いはすぐに消えた。
 この記述はご夫婦が歩かれた時点での嘘偽りのない実感だったのだろうが、あとがきでは「歩道上の三大難所はさすがに大変であったが、無理をしなければだれでも歩ける」とお書きになっている。
 これから東海自然歩道を歩かれる方々にとって参考になる書物であると同時に紀行文として読んでも楽しい書物であると思った。
 私には旧街道を歩くことを趣味としている自称「アル中」患者の友人がいる。本人は「歩き中毒」を意味するこの言葉が気に入っているようだ。自身の毎回の歩きについて記録を取っているか否かは知らないが、その自称「アル中」患者が、この本を読めばどのような感想を聞かせてくれるだろうか。