運(うん)

運(うん)

KEI(2021年3月17日)

 2012年12月にお亡くなりになった米長邦雄さんは、私が好きだった棋士の一人である。史上最年長の50歳で名人位を取り、最後には日本将棋連盟会長も務められた。本人は否定しているが、米長さんの言葉として有名なのは、「兄達3人は頭が悪いから東大へ行った。自分は頭が良いから将棋指しになった」がある。
 この米長さんには多くの著書がある。言うまでもなく殆どは将棋関係の本だが、中に何冊かの人生論的な本がある。「運を育てる」「ふたたび運を育てる」(いずれもクレスト社)「人生における運の研究」(致知出版社、渡辺昇一との共著)、「人間における勝負の研究」(祥伝社)等がそれである。
 この米長さんの著書中に、プロ棋士になるための奨励会の年齢制限の最後の年に、弟子を日本で一番狭い門であると言われている四段に昇段させた話がある。勝利の女神に微笑んでもらうために米長さんは弟子に次のように言った。「対局のたびに、その前日でも翌日でも、お父さんのお墓参りに行ってくれ」「 … ただ、ぶらっと行って話をしてくればいい … 」と。弟子はこの教えを忠実に守った。
 その結果、弟子は最終局に勝ち、上位者が負けたことにより四段に昇段した。米長さんは「女神は結果よりも過程に興味を持つ」と締め括っている。
 また、米長さんは「自分にとっては(勝負の結果はあまり意味はない)いわゆる消化試合であるが、相手にとってはその人の運命を左右しかねない一番には、絶対に勝たなくてはならない」と説く。そしてその対局には羽織袴姿で臨んだという。
 問題を起こしかねない発言、放言もあるが、勝負の世界で生きてきた人の経験に裏打ちされ、深く思いを致した諸々が軽妙洒脱な筆致で書かれている。
 また、私は米長さんの書かれたものから「惜福(せきふく)」という言葉を習った。文字どおり「福を惜しむ」ということで、自分に訪れた幸福の全てを享受してしまわず、後に残しておく、天に預けておく、という意味だそうだ。私はよく理解できていないのだが、このことは幸田露伴が言っているという。
 過去の多くの対局が頭に入っており、勝負に際してはとことん相手の手を読み、考え得る全てを出し切って、勝負していると考えていた米長さんが、「勝負の女神に好かれる」ことを考え、それを「運」と思い、これらを得るために努力されていることを知り、適切な表現ではないが、米長さんをより身近に感じた。