岸本さんの連続講座から学んだこと(2)

岸本さんの連続講座から学んだこと(2)

H・T(2020年3月18日)

「図書館を考える大津市民の会」では、2019年度の大きな取り組みとして「連続学習会 お話しと意見交流」を開いた。講師に元滋賀県立図書館館長の岸本岳文さんをお招きした。
 講座で心に残っていることは多いが、学んだことの二つ目として、こんなこともあった。
 コラムの1号で、私は高校時代に県立図書館で補導されたことを書いた。県立図書館の学習室で受験勉強をしていて、疲れたので県立図書館がある城山を友だちと歩いていた時に婦警さんから補導を受けた話だ。
 このように、高校生の私たちにとって図書館は「勉強する場所」だった。その印象が強くて、図書館には学習室はつきもので、学習室がないことは考えられなかった。
 図書館に学習室は必要でないという考えがあることを知ったのは、「図書館を考える大津市民の会」の活動で様々な書物を読んだり、講演を聞いてからだった。
 図書館での自習を禁じる動きは、昭和45年ごろに始まったとされる。日本図書館協会によると、それまでは自習専用の学習室を併設する図書館が多かったが、「図書館は場所貸しではなく、読書のための場であることが第一の意義である」として、新設の図書館では学習室がなくなった所も出ているようだった。が、それは全国一律にそうなったのではないようだ。
 以前暮らしていた他県の市で、昭和の終わりにすばらしい図書館が建った。ガラス張りで設置環境も良かった。三階だったか建物の一部屋が学習室になっていた。それを見たとき、当たり前にあると考えていた学習室に何となく違和感を持ったことも事実だった。朝、高校生が並んで席取りをしている。机の上には、学校の授業や塾で使う参考書が積まれていた。自分も以前そうだったのに「これが図書館なの?」と、その部屋から湧き出てくる独特の閉塞感があった。
 滋賀県が文化振興策により図書館づくりをはじめてから、滋賀県の図書館の多くが学習室を併設しない考えで作られているようだ。ただ、大津市立図書館は、それ以前の設立なので、今でも学習室がある。文化振興策の流れの中でできた和邇図書館には学習室はない。
 2年前に守山市立図書館が新設され、見学に行った。高校生たちが勉強できる学習の場ができていた。建設時に市民からの要望も強かったようだ。見学の後で、この学習の場に対しての意見が出たり、図書館に関係する冊子には「守山市立図書館の学習の場に対しての反論」も書かれた。そうか、やはり問題なのかと思った。でも、これによって高校生が図書館に通う姿を多く見るようになったのは嬉しいことだとも思った。
 連続講座3回目の今回、岸本さんから守山図書館には学習室そのものはなく、「学習コーナー」であるという見解をお聞きした。なるほど、そう考えたらいいのかと納得した。
 各地の図書館で学習室利用の問題も続いている。利用券を発行したり、他の公共施設を学習室として開放する所もあるようだ。
 ただ、自分の高校時代を思い出すと「図書館で勉強すること」は何となくカッコいいのだ。蔵書がいっぱいの知的空間の一角で勉強することは、頭の中が知識でいっぱいになり自分が賢くなっているという気分になるものだ。他の施設を開放することでいいのかという問題も残る。
 高校生たちが学習コーナーで図書館から借りた本を山積みして勉強している姿があったらいいのではないかと思う。そういうふうに持って行けたらいいのではないかと思う。そういうコーナーが高校生等の勉強の場として独占されることなく、市民に開放されるのであればとも思う。