3人の三国志の読み方

3人の三国志の読み方

KEI(2018年12月26日)

 チャンネル銀河で放映されている中国制作の「三国志 Three Kingdoms」を妻が見ていることを知り、私も見始めた。かなり経ってからの視聴だったが、最終回である95話まで続けて視た。
 このドラマから、中学生だったか高校生だったかの頃に吉川英治の三国志に夢中になり、繰り返し読んだことを思い出した。試験期間中に「気分転換に10分間だけ」と私が好きだった章から読み始め、気がつくと30分間~1時間経過していたという経験は何度もある。
 私には現在中学2年生である男の孫がいるが、現代の男子中学生もかつての私と同じように三国志やそこに登場する人物に興味を示すだろうか、私も久し振りに再読してもいいなと思い、新潮文庫版全10巻を買い求めた。そして「中間テストや期末テストの期間中は読まないように」と言いながら、彼に手渡した。
 読んでくれたかどうか少し気になり、2ヶ月ほど後に聞いたところ既に全巻を読んでしまっているという。難解な漢字や現代の日本ではほとんど使われていない熟語が多い文章をどの程度理解したか疑問であるが、一応読了したようだ。いつか感想を聞いてみよう。
 彼と同時期に三国志を読んだ人物がもう一人いる。妻である。放送終了後に「読んでみようかしら」という妻のために、図書館で字体の大きい一万年堂出版のものを借り出した。この版は読めないような漢字や熟語にはルビが振られている。彼女の読み方を見ていると横に電子辞書を置き、意味を調べつつ丁寧に読んでいる。調べている熟語は私も知らないものばかりである。「読んだ」と言っている私や中学2年生は適当に意味を推察し分かったつもりでいたに違いない。
 主人公の一人である諸葛亮孔明の姿の描写によく出て来る「羽扇綸巾(うせんかんきん)」について、私のろくに調べもせず、羽扇は鳥の羽で作った扇だろう、綸巾はゆったりとした着物(正しくは「青い絹糸の組紐で作った頭巾、諸葛亮が軍中で用いたので『諸葛巾』ともいう」(漢辞海)である)だろう、と思っていた読み方との差は歴然である。
「読書百遍意自ずから通ず」「読書百遍義自ずから見(あらわ)る」は真理であろうが、そこに至るまでには、まず書かれている言葉の意味を正確に理解していなければならない、そのためには知らない言葉は辞書にあたらなければならない、と当然のことを改めて思い、反省したことである。