「うた」の中の図書館
ラジオからつい先日に亡くなったペギー葉山さんの「学生時代」が流れて来た。その歌詞の一番には「秋の日の 図書館の ノートとインクの匂い」と大学の図書館がうたわれている。私自身は大学の図書館で勉強したという記憶はないが、この歌にうたわれているような青春の思い出を持つ人達が数多くいらっしゃるのだろう、この歌を好む人は多いようだ。
10数年前に値段に惹かれて古本屋で衝動的に買った全集がある。中央公論社が昭和40年頃に発行した「日本の詩歌」全31巻である。楽しいお酒を飲んだ後やグラスを片手にいい気分で、私の好きな歌人や詩人が載っている巻を読み返すことがある。
その内の短歌が掲載されている幾つかの巻を久し振りに手に取り、杯を片手に頁をめくっていると「電燈の ともりそめたる 図書館の 日暮れより夜へ 移るひそけき」(窪田章一郎)が目に付いた。どこの図書館なのだろう。作者は大学教授でもいらっしゃったから、多分、大学図書館だろうと少し酔った頭で推測したが。
これが契機となり、詩人は図書館をどのようにうたっているのか、ちょっと気になった。若い頃によく読み記憶している明治、大正、昭和初期の幾つかの詩からは「図書館」というような硬い単語は思い出せなかった。
ここまできたら、詩の中の「図書館」を探し出してみよう、きっとあるはずだ、と手元にある何冊かの詩集の頁を繰った。そして、吉田一穂の「六月」という詩のなかに「図書館裏の影は金色(こんじき)に…」を見つけ、草野心平の「風邪には風」で「図書館は閉まってゐた。氷のはった広瀬川ではガ鳥がガゲガゲ鳴いていた」を見つけた。
吉田一穂の図書館は、その詩の最初に「低い講義が続く、原書(テキスト)の…」とあることから大学の図書館と分かるが、草野心平の図書館はどんな図書館だろう。詩の中に「裁判所、職業安定所、郵便局、連雀町(れんじゃくちゃう)、竪町(たつまち)」などの言葉があることから前橋市立図書館ではないかと思ったのだが、当時の前橋は市かどうか自信がなかった。調べてみると前橋は明治25年に市制が施行され、前橋市となっていた。
「うた」の中の図書館の探索はこれで終わりとしたのだが、ゆったりとした気分で詩を読むのもいいものだ、と改めて思ったことである。
10数年前に値段に惹かれて古本屋で衝動的に買った全集がある。中央公論社が昭和40年頃に発行した「日本の詩歌」全31巻である。楽しいお酒を飲んだ後やグラスを片手にいい気分で、私の好きな歌人や詩人が載っている巻を読み返すことがある。
その内の短歌が掲載されている幾つかの巻を久し振りに手に取り、杯を片手に頁をめくっていると「電燈の ともりそめたる 図書館の 日暮れより夜へ 移るひそけき」(窪田章一郎)が目に付いた。どこの図書館なのだろう。作者は大学教授でもいらっしゃったから、多分、大学図書館だろうと少し酔った頭で推測したが。
これが契機となり、詩人は図書館をどのようにうたっているのか、ちょっと気になった。若い頃によく読み記憶している明治、大正、昭和初期の幾つかの詩からは「図書館」というような硬い単語は思い出せなかった。
ここまできたら、詩の中の「図書館」を探し出してみよう、きっとあるはずだ、と手元にある何冊かの詩集の頁を繰った。そして、吉田一穂の「六月」という詩のなかに「図書館裏の影は金色(こんじき)に…」を見つけ、草野心平の「風邪には風」で「図書館は閉まってゐた。氷のはった広瀬川ではガ鳥がガゲガゲ鳴いていた」を見つけた。
吉田一穂の図書館は、その詩の最初に「低い講義が続く、原書(テキスト)の…」とあることから大学の図書館と分かるが、草野心平の図書館はどんな図書館だろう。詩の中に「裁判所、職業安定所、郵便局、連雀町(れんじゃくちゃう)、竪町(たつまち)」などの言葉があることから前橋市立図書館ではないかと思ったのだが、当時の前橋は市かどうか自信がなかった。調べてみると前橋は明治25年に市制が施行され、前橋市となっていた。
「うた」の中の図書館の探索はこれで終わりとしたのだが、ゆったりとした気分で詩を読むのもいいものだ、と改めて思ったことである。