日本語誤用・慣用小辞典

日本語誤用・慣用小辞典

麻(2025年5月21日)

日本語誤用・慣用小辞典

「現在の社会状況の変化に伴う日本人の国語に関する意識や理解の現状について調査し、国語施策の立案に資するとともに、国民の国語に関する興味・関心を喚起する」という目的で、令和6年1月16日~3月13日に文化庁が行った調査結果の概要が公表され、マスメディアはそれぞれの切り口で報道しました。
 少し興味があったので原資料に当たりました。調査内容は「Ⅰ.国語とコミュニケーションに関する意識、Ⅱ.ローマ字・外来語表記に関する意識、Ⅲ.読書と文字・活字による情報、Ⅳ.言葉遣いに対する印象や慣用句等の理解」で、マスメディアが取り上げていない論点でも興味深い調査結果が書かれていました。

 タイトルからは少し横道にそれますが、この調査の中にあった「日本語がよく分からない人に道などを聞かれたら、答えようとすると思うか」という問いには約9割の人が「なるべく答えようとする」と答え、それらの人に対する「どのように答えようとすると思うか」という質問に対しては「身振り手振りを交えて答える」が8割強、「スマートフォンなどの翻訳ツールを使う」と「英語などの外国語を使って答える」が、それぞれ4割半ばでした。訪日外国人観光客にとっては心強い数字でしょう。

「言葉遣いに対する印象や慣用句等の理解」の項では、私は使いませんが、それほど嫌悪感を持っていない「さくっ」「もふもふ」「まったり」という言葉について「使うことがある」が5割強であるのには、もう少し多いのではと思っていた私の認識が間違っていました。
 逆に、私が聞きたくない表現、汚い表現だと常々思っている「がっつり」について「使うことがある」人は5割を切っており「そりゃそうだろうな」と思ったのですが、8割半ばの人が「気にならない」と答えているのには少し驚きました。どうも私の考え方は少数派のようです。

 本題に戻って、私は文章を書くに際し使用する言葉や表現に疑問が生じたときには幾つかの書物を参照します。その内の一つに「日本語誤用・慣用小辞典」(国弘哲弥、講談社現代新書)があります。例えば「諸刃の剣(つるぎ)」だったか「諸刃の刃(やいば)」だったか、迷った場合にこの小さな辞書を眺めます。そして「伝統的ないいかたとしては『もろばのつるぎ』である。『やいば』は<刀剣>という意味だから、意味の上では『やいば』でもいいのだけれど、慣用句というのは形まで慣用で決まっているのが普通だから、慣用に従っておく方が無難であろう」という解説文を見て安心します。
 その他「役不足」の誤用(これはいろんなところで言われていますので説明は省略します)、「幼少のころ」の使いどころ(過去の使われ方から考えて、なんらかの意味でひとかどの人物について使うのがふつう、(この文章を書いている)私が「私の幼少のころ」と書くのはおかしい)、「押しも押されぬ(正しくは「押しも押されもせぬ」)」や「お心あたりの方(正しくは「お心当たりのある方」)など楽しく教えてくれます。

 しかし、著者は頑なな議論よりも

 言葉はいろいろな理由で必然的に変わって行くものであり、われわれはそれに抗するすべを持たないのであって、過去の用法にとらわれる、かたくなな態度は考えものである。世間全体の言語活動ができるだけ円滑に進むようにするためには、新しい変化には柔軟に対応するだけの余裕が必要である。

と書いています。その上で

 誤用はまず、大きく二つに分けられる。その一つは若い人たちなど日本語の学習が不十分な人びとが犯すもので、これはぜひ直してもらわなければならない。もう一つは、長い目で見れば言葉の変化の先駆けである場合である。

として著者が考えるそれぞれの例を挙げています。

 そして、結論的に

(誤用が)一般的にどの程度容認されるか、また容認してもよいかという判定にはかなりの幅があり、判定の仕方にも個人差がある。つまり大きく分ければ保守派と容認派の違いがある。

と書き、双方の立場を認めています。私自身は自らをここで言われている保守派に属する人間だと思っています。