大友さんの本

大友さんの本

M・M(2025年8月27日)

古書

 ラジオから聴こえる語り口そのままの文章である。読んでいると大友さんをとても身近に感じる。

 書店の「古本市コーナー」で出逢ったこの本は音楽家大友良英氏の「ぼくはこんな音楽を聴いて育った」だ。
 失礼ながら「ケラケラ」と笑ってしまった。そのような箇所がいくつかあると言うことだ。
 学生時代(小学・中学・高校)のようすは見逃せない。特に高校生のころ。ジャズにのめり込んでいく経緯が「なるほど」である。

 大友さんは「枠」にはまっていない。ご両親も寛容。担任の先生もおおらか。逃げ場は「ジャズ喫茶」。居場所は「ジャズ喫茶」。幼い頃から音楽が好き!音楽が流れると踊りだす!周りの人は大友さんのそのようす見ていた。自然、大友さんは「音痴、音符も読めない…」と書いてあるが、音楽の世界に身をおいて育っていく。大人から何を期待されるわけでもなく、音楽や音楽にたずさわる人の世界に踏みこみ、そのままに成長した大友さん。高校の授業を休みがちでも、大事なことは外で学んでいた。

 学校の音楽は窮屈だったようすもわかる。「これをこうしましょう」では体は動かない、と言うことかな。先輩に導かれるように聴くジャズも「…あんま面白いと思わないや」と素直に言える。
 この本は「音楽紹介本」でもある。大友さんの文章の補足(説明)はコラム形式で紹介をしてある。例えば…

 その日、オレは生まれてはじめてデレク・ベイリーを聴いた。場所は市内のど真ん中にあったジャズ喫茶だ。たしか「ジャズ」って雑誌だったと思う。音楽評論家氏がデレク・ベイリーのことを「即興演奏の極北」とかおっかない言い方で書いていて、それが気になって気になって、どんだけものすごい演奏だろうと、店に入って来たばかりの日本盤「デレク・ベイリー/ソロギターVol.1」をリクエストしたのだ…

 この「デレク・ベイリー」の紹介が別枠の以下になる。例えば…

 デレク・ベイリー(1930~2005)はイギリスのギタリストにして即興演奏家。既成の音楽イディオムに頼らないフリー・インプロヴィゼーションという新しい領域を切り開きました…日本にも何度か訪れており、日本の世界的ダンサーとの交友は有名です…

 大友さんの自叙伝でありながら、出てくる音楽家を上記のようにまとめてあり詳細を知ることができる。とても親切だ。コラムを書いた人は大友さんと繋がりのある、膨大な音楽の知識をもった編集者の方。

 数年前、大友さんのライブで隣りに座した方が「大友さんは耳栓をしているのかも…」とささやいた。私は大型スピーカーの真横におり、もの凄い即興演奏のノイズ音を延々と聴くことになった。その重低音や高音を全身に感じ体が震えることになる。今でも忘れられない。

 いくぶん夜も過ごしやすい。スタンダードなジャズを聴くことにする。