道浦俊彦氏の3冊

道浦俊彦氏の3冊

麻(2025年10月1日)

クスノキ

 2025年8月15日のマスメディアは茶道裏千家前家元の千玄室さんが102歳でお亡くなりになったことを報じました。その4日前の8月11日付産経新聞朝刊で千玄室さんの月曜コラム「戦前の教育を思う」を読んだ直後のことであり、その急逝に驚きました。
 このときNHKテレビは「『ちゃどう』の裏千家前家元・千玄室さんが‥‥‥」と報道しました。多くの人がそうであったように私も一瞬「ん?」と思ったのですが、気になったのでちょっと調べてみました。結論だけを列挙してみます。

NHK放送文化研究所は「茶道」の読みについて「放送では、現在どちらで読んでもいいことになっています」とし「ただし、古くはチャドー、現在ではサドーが一般的だと言われています」としています。
●それぞれの流派の英文表記では「表千家(Chanoyu、Sado)、裏千家(Chado)、武者小路千家(way of tea)、遠州流(Sado)」となっています。
●道浦俊彦氏(読売テレビ元アナウンサー・現報道局専門部長、「現代用語の基礎知識」執筆委員、日本新聞協会用語懇談会委員)はその「とっておきの話」で「・・・各『千家』に電話して確かめたところ、裏千家(チャドウ)、武者小路千家(チャドウ)、表千家(サドウ)ということでした」と書いています。

 これらのことから、「茶道」は表千家、遠州流では「サドウ」、裏千家、武者小路千家では「チャドウ」と読み、発音するのがいいのだろうと思ったことでした。

 このことが契機となって道浦俊彦氏の3冊の本を読んでみました。発行日順に「『言葉の雑学』放送局」(PHP文庫)、「スープのさめない距離」(小学館)、「最新!平成ことば事情」(ぎょうせい)です。言葉に関して示唆に富んだいろいろなことが書かれていました。私が読んで面白く思ったこと、新しい知識を得たと思ったことには、例えば「ありうるかありえるか」「つましいとつつましい(漢字で書けば、倹しいと慎ましい)」「ひとりぐらしとひとりずまい」「(ベルリン映画祭の)金熊賞はなぜ(ドイツ語で)ゴルデナー・ベール賞と言わないの?」「(私が気になっている)夜ごはん」などがあります。それぞれに例を挙げて多面的な考察をしています。

「スープのさめない距離」についてについては皆さんはどの程度の距離を思い浮かべられるでしょうか。私はそれぞれの家の間に数軒の隔たりがある距離、向こう三軒両隣よりもちょっと遠い距離と漠然と思っていました。妻は私の質問に対し「○○さんのおうち程度、200メートル程かな」と答えてくれました。道浦氏は6頁を費やしてこの表現について教えてくれます。
 この言葉については、あるオーストリア人の使った言葉あるいはイギリスの人物の提唱を語源とする等その由来についての説を書いた後、道浦氏は1988年に東京都老人総合研究所が行った「みそ汁のさめない距離実測実験」について詳述しています。

 実験では①みそ汁は、できてから何分経つとさめる(さめてまずいと感じられる状態になる)のか?②その間に女性の足で歩ける距離(現在ではなぜ女性の足なのかと問題提起されるでしょうが)は何メートルか?との前提を置いて③みそ汁のおいしい飲みごろは65~70度、④ステンレス鍋のみそ汁はできたて(90度)から30分経過すると65度になる、⑤女性の分速×30分=2,100m、即ち「みそ汁のさめない距離とは約2キロ」と言う結論が得られたと書いています。(これを読みながら、野次馬の私は「今年のような猛暑の夏と寒さに震える冬とではさめる温度も違ってくるだろうなあ」と思ったのですが)。
 この実験に併せて「スープのさめない距離をどのぐらいだと考えるか」というアンケートでは60%以上の人が「近所に住むこと」と答えたこと、30代、40代の人が考える距離の平均は290mだったということも教えてくれます。

 道浦氏は自らも「マグカップに熱湯を注いでコーンスープを作り、1分ごとに飲んでどう感じるか」という実験をし、「4分まではアツアツだった。7分で初めて少しさめたように感じた。そして9分ではカップは熱いものの、スープはさめたと感じた。私の実験では7分ぐらい、距離にして約500メートルが『スープのさめない距離』である」としています。

 さらに氏は1960年代後半、「高度成長・核家族化・新しい家族形態」への対応として、世間では「スープのさめない距離」の居住形態を論じるようになったとも書いています。

「ことば」をいろんな切り口で取り上げた面白い3冊でした。道浦氏は現在でも氏独特の切り口で文章を書いて発表されていますが、近いうちにそれらが纏められ、出版されることを一人の読者として願っています。