普通だけど普通じゃないこと
読んだことのない方への配慮として、結末が分からないような書きかたをするつもりだったのに、それでは何を言いたいのかが分からない。
著者J・B・モリソンの軽快な文章を追っているうちに、いつかは幸福に包まれるのであろうという漠とした予感が頼りであったが、物語の最後を目前にして、普通の人生が書かれていたのだなと知る。
物語はフランクを中心にして描かれる。ケリーのフランクへの接し方は、ただケア事業者のマニュアルに沿うというのではなく、相手の状況と性格にあわせた気遣いがあり、フランクのジョークを無視したりもしない。
ビルは普段は2階にいるので、ケリーは出会わなかったが、4回目はケリーの代わりの(とんでもない)女性がやってくる。ケリーが猫アレルギーで苦しんでいると知ったフランクは、犬猫ホームにビルを連れて行く。
そして犬猫ホームへ行き、貰われていなかったビルを連れて家へ戻る。
──フランク・デリク 81歳 素晴らしき普通の人生──
かなり先まで読んでも、いっこうに “素晴らしき” ことが起こらず、起こりそうもないのに不安にかられる。けれど、ごく普通に起こりそうな不快な出来事が明るいユーモアで語られているのが私の不安を忘れさせてしまう。何の奇跡もないけれど、ただ彼らしくせいっぱい流れに掉さすフランク。
著者J・B・モリソンの軽快な文章を追っているうちに、いつかは幸福に包まれるのであろうという漠とした予感が頼りであったが、物語の最後を目前にして、普通の人生が書かれていたのだなと知る。
フランク・デリクは81回目の誕生日に牛乳配達車に轢かれる。この事故が物語の発端として書かれている。外国に住む娘が直ぐにでも駆けつけると心配するが、フランクは(本音は違うが)来ないでいいと言い、娘は、せめてものことにと面倒をみてくれる人を手配する。
ケアワーカーのケリー・クリスマスについては、車の運転が下手なことと、フランクの家での彼女の行動と発言のみが語られ、ケリーが何を考えているかは、はっきりと書かれないが誠実さが伝わって来る。
物語はフランクを中心にして描かれる。ケリーのフランクへの接し方は、ただケア事業者のマニュアルに沿うというのではなく、相手の状況と性格にあわせた気遣いがあり、フランクのジョークを無視したりもしない。
高齢者をカモにする点検商法には応対だけで済まし、チラシの類は飼い猫のビルのトイレに敷くだけという良識はあるフランクだが、なぜか自分の発案で行動する分には警戒心が薄れてしまう。
ビルは普段は2階にいるので、ケリーは出会わなかったが、4回目はケリーの代わりの(とんでもない)女性がやってくる。ケリーが猫アレルギーで苦しんでいると知ったフランクは、犬猫ホームにビルを連れて行く。
ケリーの訪問契約は12週間なのだが、フランクはこれをなんとしても延長しようと費用の捻出を図り、家にある古いものをいくつもチャリティショップに持ち込むのだが、値打ちのあるものは一つもない。
介護付き住宅に住む、フランクの(たぶんただ一人の)友人も亡くなり、ケリーの訪問も終わる。
フランクは海へ行き、泳ぎは得意ではないが、沖へ向かって泳ぎだす。フランクと同じように私も絶望という波にのまれていくようである。
疲れたフランクは、ようやくのことで浜へ泳いで戻り、たたんでおいた服を水着の上から身につける。
そして犬猫ホームへ行き、貰われていなかったビルを連れて家へ戻る。
エピローグ
ケリーの最後の訪問のあと、フランクが彼女と会ったことが一度ある。
三か月前のことだ。大きなセインズベリーズで、彼女がショーン(彼女の夫)といるのを見かけた。手をつないでベビー服や玩具を見ていた。ふたりともとても幸せそうだった。フランクがシャーロック・ホームズ映画を観て学んだことから考えると、おそらくケリーは妊娠している。
…
ジョークを交わしてさよならを言って広いスーパーマーケットの別々の方向に向かったが、ビスケット売り場でもう一度、さらにレジでもまた鉢合わせした。
「こんなふうに会うのはやめないといけないね」と言いながらフランクは買った物の支払いを済ませ、もう一度、さよならを告げた。
…
三か月前のことだ。大きなセインズベリーズで、彼女がショーン(彼女の夫)といるのを見かけた。手をつないでベビー服や玩具を見ていた。ふたりともとても幸せそうだった。フランクがシャーロック・ホームズ映画を観て学んだことから考えると、おそらくケリーは妊娠している。
…
ジョークを交わしてさよならを言って広いスーパーマーケットの別々の方向に向かったが、ビスケット売り場でもう一度、さらにレジでもまた鉢合わせした。
「こんなふうに会うのはやめないといけないね」と言いながらフランクは買った物の支払いを済ませ、もう一度、さよならを告げた。
…
ケリーと最後に出会ったときのジョークがいかにもフランクらしい。
読み終わったときは、なんという淋しい読後感だろうと思ったのだが、時間がたった今では、少しずつ、あたたかい物語のような気がしてきた。
読み終わったときは、なんという淋しい読後感だろうと思ったのだが、時間がたった今では、少しずつ、あたたかい物語のような気がしてきた。