図書館(室)との出会い
もう何十年も昔の話です。団塊世代の人間にとって戦争の経験はしていないけれど、戦争の話や映像は沢山見てきました。もうすぐ8月の終戦日がやってきます。その度に思い出すのは小学生5年の図書室での出来事。当時、私は学級委員と図書委員をしていた活発な女の子。
季節は多分春だったと記憶しています。健康診断が給食前に行われて、早めに診断が終わったので、本を整理しようと隣室の図書室に入りました。鍵は常に職員室の入り口にあり、図書委員はノートに記載すれば自由に入ることができました。図書室は県下でも優れた中庭があり、それに面した静かな木造の校舎の一室、教室一部屋位の広さの中に壁面に書架が並べられ、真ん中には机と椅子があるどこにでもある小学校の図書室です。その日は何気なく北側の書架がとても乱れていたので、整理をしようとしてその奥を覗くと、埃まみれになった本と箱が見えました。書架を力一杯動かし、その本を手に取って見ると、そこには人間の真っ黒焦げになった肢体や、火傷を負った人たちの姿がありました。箱の中にはそれ以上の人間の悲惨な姿と景色が映っていました。私はこんな惨い人間の姿を見たのはそれが初めてだったので、昼食はいつも完食のはずが全く食べられずに残してしまいました。そのことは先生に何も言いませんでした。今に思うのですが、誰が、何故、原爆絵図や写真が人目に触れないところに眠らせていたのだろうかと。
それまでの私の図書室は偉人伝や物語を読む楽しい場所でした。この日からの私の図書室への思いは、単なる楽しい場所ではなく、世の中には自分の知らない事が沢山ありもっと色んな本がある図書館であったらいいなへと、変わりました。
こんな経験をした図書室との出会いで、大人になって本と関わる仕事に就いた時、偏らない選書を心掛けることとなりました。
広島や長崎の原爆記念館に訪ずれたのは30歳を過ぎてからでした。今、表現の自由、知る権利など「図書館の自由宣言」を改めて読む度に小学校での出来事が鮮明に思い出されます。
季節は多分春だったと記憶しています。健康診断が給食前に行われて、早めに診断が終わったので、本を整理しようと隣室の図書室に入りました。鍵は常に職員室の入り口にあり、図書委員はノートに記載すれば自由に入ることができました。図書室は県下でも優れた中庭があり、それに面した静かな木造の校舎の一室、教室一部屋位の広さの中に壁面に書架が並べられ、真ん中には机と椅子があるどこにでもある小学校の図書室です。その日は何気なく北側の書架がとても乱れていたので、整理をしようとしてその奥を覗くと、埃まみれになった本と箱が見えました。書架を力一杯動かし、その本を手に取って見ると、そこには人間の真っ黒焦げになった肢体や、火傷を負った人たちの姿がありました。箱の中にはそれ以上の人間の悲惨な姿と景色が映っていました。私はこんな惨い人間の姿を見たのはそれが初めてだったので、昼食はいつも完食のはずが全く食べられずに残してしまいました。そのことは先生に何も言いませんでした。今に思うのですが、誰が、何故、原爆絵図や写真が人目に触れないところに眠らせていたのだろうかと。
それまでの私の図書室は偉人伝や物語を読む楽しい場所でした。この日からの私の図書室への思いは、単なる楽しい場所ではなく、世の中には自分の知らない事が沢山ありもっと色んな本がある図書館であったらいいなへと、変わりました。
こんな経験をした図書室との出会いで、大人になって本と関わる仕事に就いた時、偏らない選書を心掛けることとなりました。
広島や長崎の原爆記念館に訪ずれたのは30歳を過ぎてからでした。今、表現の自由、知る権利など「図書館の自由宣言」を改めて読む度に小学校での出来事が鮮明に思い出されます。