本棚の風景
本棚の中には捨てるに捨てられないセピア色じみた本が何冊かある。その一冊に
「古池や かわずとびこむ 水の音」
がある。ある時、私はその句を読んで目を閉じ、風のそよぐ音さえ絶えた夜のしじまを思い浮かべていた。すると夫が
「おい。どうしたんだ」
と言うから、声を出して読んだところ
「フーン。その蛙は『との様ガエル』だナ」
と言った。
その途端、蛙がとび込んだ「ポチャッ」という澄んだ水音は「ドボン」という水音に変換されてしまったのだ。
別の一冊に
「かめにさす 藤の花房 短かれば 畳の上に とどかざりけり」
まあ、何という深い味わいを秘めた短歌だろう。私は、作者が重い病にかかった体を横たえ、春の庭にすだれのように垂れて揺れている藤棚を思い浮かべて涙が出そうになっていた。すると夫が
「どうしたんだ」
と尋ねたので、声に出して読んだところ
「そりゃあ 瓶がデカ過ぎたんじゃねえのか」
「・・・・・」
それらの本を読んで数日後、夫が一枚の選挙ポスターの前で笑い転げていた。尋ねると
「読んでみろよ。○○候補のはげます会だとさ」と言う。たしかに、その候補の頭の毛はまばらに生えているに違いないけれど、なんで、腹を抱えてまで笑いころげなければならないと言うのだ。憮然としている私に。彼は声を一オクターブ近く上げて笑い続けたのである。
けれど、私は知っていた。
兵隊に行かされて、九死に一生を得て帰ってきた夫が、魂を奪われるほど感動して憲法の前文や9条を読んでいたことを。
夫が大好きな憲法の本は、セピア色した本の傍に何時も一緒に置いてある。
「古池や かわずとびこむ 水の音」
がある。ある時、私はその句を読んで目を閉じ、風のそよぐ音さえ絶えた夜のしじまを思い浮かべていた。すると夫が
「おい。どうしたんだ」
と言うから、声を出して読んだところ
「フーン。その蛙は『との様ガエル』だナ」
と言った。
その途端、蛙がとび込んだ「ポチャッ」という澄んだ水音は「ドボン」という水音に変換されてしまったのだ。
別の一冊に
「かめにさす 藤の花房 短かれば 畳の上に とどかざりけり」
まあ、何という深い味わいを秘めた短歌だろう。私は、作者が重い病にかかった体を横たえ、春の庭にすだれのように垂れて揺れている藤棚を思い浮かべて涙が出そうになっていた。すると夫が
「どうしたんだ」
と尋ねたので、声に出して読んだところ
「そりゃあ 瓶がデカ過ぎたんじゃねえのか」
「・・・・・」
それらの本を読んで数日後、夫が一枚の選挙ポスターの前で笑い転げていた。尋ねると
「読んでみろよ。○○候補のはげます会だとさ」と言う。たしかに、その候補の頭の毛はまばらに生えているに違いないけれど、なんで、腹を抱えてまで笑いころげなければならないと言うのだ。憮然としている私に。彼は声を一オクターブ近く上げて笑い続けたのである。
けれど、私は知っていた。
兵隊に行かされて、九死に一生を得て帰ってきた夫が、魂を奪われるほど感動して憲法の前文や9条を読んでいたことを。
夫が大好きな憲法の本は、セピア色した本の傍に何時も一緒に置いてある。