選書のきっかけは何処にでも

選書のきっかけは何処にでも

muca(2025年12月17日)

 12月5日の朝、大津市立図書館に(ホームページから)予約していた、中島敦の「山月記」を借りた。
 予約は、A紙の11月2日の「声」欄に、元高校教員の方の、「私を国語教員に導いた山月記」を読んだときに、そこに書かれていたことが印象的だったからである。

 中島敦の「山月記」を始めて読んだのは、今から50年前の国語の授業だった。孤独な詩人の悲しみを格調高い漢文体で描いた小説に、高校2年生の私はたちまち魅了された。進路に迷っていたが、なんのためらいもなく国文学系に進もうと決意した。

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「山月記」との出会いが私のその後の方向を決め、以降50年近くも、この作品とともに歩むことになろうとは、出会った時には全く思いもしなかった。「山月記」との出会いは、まさに運命的だった。

 図書館に所蔵されているもののうち、できるだけ初版に近い本を選んだつもりだったが、「李陵・山月記」というタイトルだったので、投稿者が読んだものではないのかもしれない。

 もしかしたら大きくて厚い本なのかもしれないと思っていたが、文庫本で、短編の「山月記」「名人伝」「弟子」「李陵」からなっていた。
「山月記」という単行本で、「李陵」というのは形容詞みたいなものかなと勝手に思い込んでいたが、「山月記」のページ数が少ないのと、漢文体がほんのわずかなのは意外だった。

 4つの中で私が集中して読んだのは「弟子」と「李陵」。

「弟子」では、遊興の徒である青年の「子路」が孔子に恥をかかせようと問答を挑んだのはいいが、穏やかで確信に満ちた言葉で「学」の必要を説かれ、「謹んで教えを受けん」と降参する。私はこういう潔い若者として描かれた人物に好感を抱かずにはおられない。

「李陵」を読んでいて、先ず中国という地がいかに広大かということを思わせられた。真意というものがそのままには伝わらず、関わる者の利害によってたやすく捻じ曲げられて、李陵とその家族の運命が翻弄されることが物語られる。故国のために遠く離れて不利な戦闘を続ける者に対する信頼とはこのように脆弱なものなのかと思い、武人であった李陵の葛藤を心情的に理解しようとしている自分に気づく。

 この「声」欄の投稿者が高校2年生だった時に、国文学系に進もうと決意させるほどの小説に出会ったというのが私にはなぜか羨ましく、読んでみようという気になったのであるが、何かを読んでいて思いがけず刺激を受け、自分の好みの周辺にはなかったジャンルの本を知るのもうれしい。