ぼくの図書館の原点
1953年、ぼくは東京・世田谷区立中学校の2年生だった。学校には、図書館はおろか図書室もなかった。ある日のこと先生から、古い書類やら教材やらが雑多に積まれている部屋でなにかの手伝いをするように言われた。
初めて入る部屋は物珍しく、きょろきょろしていたら、片隅に古い書棚があって、数十冊程度の本が並べられていた。ぼくの目を引いたのは、書名は忘れてしまったが、ジュニア向きに書かれた、古代ギリシャの歴史を扱った本だった。偶々その頃、国語の教科書にそんな話が出てきていたからである。
その日から何日か、ぼくは昼休みや放課後にこの部屋に通ってこの本を読み進んだ。狭くて薄暗い空間だったが、そんなことは気にならなかった。そのうちに、あることに気づいた。ある遺跡と町の位置関係が、教科書の記述とは食い違うのである。「北西と書いてあるけれど、どう考えても南西に当たるはずだ」といった些細なことだったけれど、気になって仕方がない。
そこで、国語の授業がその部分にさしかかったとき、は~い、と手を挙げて、これこれこういう訳で教科書は間違っている、と発言した。話をじっと聴いていた先生は、う~ん、と唸ってから「そんなに熱心に言うところをみると、正しいようだ。みんな、教科書を訂正して」と言われた。先生が、教科書よりもぼくを信じてくれたことが嬉しかった。
このことから、物事を調べる楽しさを知り、また、筋の通らないことは見過ごしてはいけない、などという「生き方」のようなものについても考えるようになった気がする。中学校の小さな書棚は、いわばぼくの図書館の原点なのだった。
それから5年後、大学生になっていたぼくは同窓会の会合に呼ばれて、久しぶりに母校の校門をくぐった。そして目にしたのは、なんと新築間もない立派な図書館だった。誇らしげな後輩たちの顔が目に浮かぶとともに、彼らがちょっぴり羨ましくもあった。
初めて入る部屋は物珍しく、きょろきょろしていたら、片隅に古い書棚があって、数十冊程度の本が並べられていた。ぼくの目を引いたのは、書名は忘れてしまったが、ジュニア向きに書かれた、古代ギリシャの歴史を扱った本だった。偶々その頃、国語の教科書にそんな話が出てきていたからである。
その日から何日か、ぼくは昼休みや放課後にこの部屋に通ってこの本を読み進んだ。狭くて薄暗い空間だったが、そんなことは気にならなかった。そのうちに、あることに気づいた。ある遺跡と町の位置関係が、教科書の記述とは食い違うのである。「北西と書いてあるけれど、どう考えても南西に当たるはずだ」といった些細なことだったけれど、気になって仕方がない。
そこで、国語の授業がその部分にさしかかったとき、は~い、と手を挙げて、これこれこういう訳で教科書は間違っている、と発言した。話をじっと聴いていた先生は、う~ん、と唸ってから「そんなに熱心に言うところをみると、正しいようだ。みんな、教科書を訂正して」と言われた。先生が、教科書よりもぼくを信じてくれたことが嬉しかった。
このことから、物事を調べる楽しさを知り、また、筋の通らないことは見過ごしてはいけない、などという「生き方」のようなものについても考えるようになった気がする。中学校の小さな書棚は、いわばぼくの図書館の原点なのだった。
それから5年後、大学生になっていたぼくは同窓会の会合に呼ばれて、久しぶりに母校の校門をくぐった。そして目にしたのは、なんと新築間もない立派な図書館だった。誇らしげな後輩たちの顔が目に浮かぶとともに、彼らがちょっぴり羨ましくもあった。