田原坂の英単語カード

田原坂の英単語カード

KEI(2022年9月7日)

「街道をゆく」は、司馬遼太郎さんの全43巻から成る紀行文集である。25年間の「週刊朝日」の連載を纏めたものであり、国内は北海道から沖縄まで、そして海外ではアイルランド、オランダ、モンゴル、台湾などの道がある。
 多くの司馬ファンと同様に私もこの紀行文が好きで、新刊書が新らしく発行される都度購入していたと思っていたが、今回書庫の整理をしていてかなりの漏れがあるのに気が付いた。いまさら新しく購入し全巻を揃えるのも如何なものかと考え、さりとて欠落がある状態で保存しておく必要もあるまい、必要となれば図書館から借り出せばいい、と考え全てを処分した。
 話は変わる。
 ある日唐突に何年か前に「田原坂に散らばっていた英単語カード」に触れた文章を読んで目の奥がじんとなったことを思い出した。この文章は西南戦争で最も激戦だった田原坂の戦い、具体的には17昼夜に及ぶ“空中で銃弾同士がぶつかる”ほどの銃撃戦と激しい白兵戦の田原坂の戦い、が終わった後、そこここに残された薩摩軍の若者の遺体の傍には血に染まった英単語カードが散らばっていた、というものだった。
 死に臨んでも勉学を忘れなかった若者の姿に心を打たれたのだろう、今でもこの文章を思い出すと涙が出そうになる。
 確か司馬遼太郎さんの街道をゆくの「肥薩のみち」に書かれていたエピソードだと記憶していたので、原文を確認したくなった。
 そこで図書館で「肥薩のみち」が含まれている「街道をゆく」の第3巻を借り出し、確認しようとしたのだがこのエピソードは見付からなかった。ただ、双方の小銃弾が空中で衝突し噛み合ったまま落下したものを「行きあい弾(だま)」ということは書いてあった。「散らばっていた英単語カード」の挿話はどこで読んだのだろう、どの本に書いてあったのだろう、といろいろと考えたが思いつかない。手元にあるそれらしき本の何冊かを調べたが、分からない。
 このようなことで市立図書館の司書さんの手を煩わすのもどうかとは思ったが、かつて図書館から送られてきたメールマガジンに「『川端康成は通学に際して高浜橋を渡ったか』という質問があり、調査し回答した」という文章が載せられていたことを記憶していたので、私の疑問もこれと同類だと思い、ちょっと気が引けたが、相談しようと考えた。
 レファレンスの窓口へ行き、詳細をお話しし調査を依頼した。「このような調査を依頼してもいいのでしょうか」と遠慮しつつ私の依頼内容と私のそれまでの調査結果をお話ししたのだが、快く引き受けて下さった。
 10日ほど経った頃に図書館から電話があり、いろいろと調査したが解らないという回答が齎(もたら)された。残念だが仕方がない。
 図書館司書と私の調査では解らなかったが、私の頭の中では「田原坂に散らばった血で汚された英単語カード」の映像ははっきりとしており、どこかでこの情景を描いた文章を読んだことは間違いがない。
 集合知という言葉がある。その意味として辞書は、①多くの人の知識が蓄積したもの。②また、その膨大な知識を分析したり体系化したりして、活用できる形にまとめたもの、と説明しているが前者の意味での集合知を使えばひょっとしたら答が出るかもしれない。
 例えばインターネットを使い質問し、多くの人びとに尋ねれば答が得られることもあるとは思うが、そこまでするつもりはない。
 人間の頭の働きは不思議なもので、このことを頭の隅に置いているとひょっとしたら思いもかけない時に「答が浮かぶ」「関係のありそうな書物を思い出す」ということもありそうだ。その僥倖に期待しよう。