巨星墜つ

巨星墜つ

KEI(2020年4月15日)

 2019年1月14日、全てのマスコミは、「独自の古代史論などで知られ幅広い分野で発言、執筆活動を続けた哲学者で文化勲章受章者の梅原猛(うめはら・たけし)さんが12日午後4時35分、肺炎のため京都市内の自宅で死去した。93歳だった」と大きく報じた。
「“知の巨人”が逝った」と報道したところもあった。
 私は哲学者としての梅原さんの著作は読んだことはないし手元に保有もしておらず、その業績については全く知らない。また、三代目市川猿之助(現・猿翁)が演じたスーパー歌舞伎「ヤマトタケル」を創作された梅原さんも知らない。
 しかし、通説とは異なる独自の解釈で話題を集め、「梅原日本学」と称された書物についてはその代表作(だと私が勝手に思っている)「隠された十字架 法隆寺論」や「水底の歌 柿本人麿論」についてはベストセラーになる前から関心を持ち読んでいる。手元にある「黄泉の王 私見・高松塚」「万葉を考える」「塔」「さまよえる歌集 赤人の世界」「聖徳太子Ⅰ 仏教の勝利」「聖徳太子Ⅱ 憲法十七条」なども全てが初版とはいえないが、かなり早い版のハードカバーのものであり、その刊行を待ち侘びていた。
 内容を今でもはっきりと覚えている、読んだ結果を人に話せる、とまでは言えないが、これら書物を題材にした清談にはついて行くことができる。大胆な仮説をもとに進められる論に、知的興奮を抱きながら、ある意味では上等の推理小説を読んでいるような気持で、「なるほど、なるほど」と首肯きながらページを繰ったことを思い出す。「水底の歌 柿本人麿論」については井沢元彦が「猿丸幻視行」で疑問を呈しており、これも面白く読んだことを思い出した。
 それにしても私が知っているだけでも70冊近い書物を書かれた精力というか気力には驚く。梅原さんが満年齢の喜寿になられた年は、今から16年前の2003年である。興味本位で喜寿になられてからお亡くなりになるまで、どのような書物を出版されたのか、その著作を調べた。数え方にもよるだろうが32冊あった。それも共著や対談集を除いてである。この事実を知って驚いた。そして最後の出版物は「親鸞『四つの謎』を解く」(2014年、新潮社)だそうだが、この書物の存在は知らなかった。
 老齢化社会というものの、その構成は単純ではない。そこには壮者をも凌ぐ知的活動をされている年配者が存在する。その反面、気付かず老害を撒き散らしている人物もよく目に付く。また、積極的な活動からはほど遠いが、世間の潤滑油あるいは一隅を照らす灯として目立たないながら社会的にとても大事な役割を演じておられる人も数多(あまた)いらっしゃる。「巨星墜つ」のニュースを聞き、自らを横において、このような感慨を抱いた。